青蓮院の前、
この坂道からは 平安神宮の大鳥居が とても良く見える。

春の快晴に、
朱が映えて奥に見える。

シオンは、坂道を わざわざ振り返り、大鳥居を眺め、
そして、又前に向き直って、坂道を歩き方だした。

ちょうど、青蓮院前の邸宅結婚式場から、前撮りなのだろう 新郎新婦が、カメラマンと外門に出てきた。
桜の下で、

京都 らしく、
新婦は色打掛姿で、
新婦は紋付き袴だ。

そんな、人生で最高に幸せそうな姿を、シオンは 眩しく眺めて

喪服姿で 歩く。

琵琶湖疎水の 大津乗り場から、
舟で京都に入った シオンは、
蹴上の船着き場から、

歩いている。

春先の京都は、相変わらず 観光の人々で賑わい、季節の行事が 至るところで華やかに、行われている。

それでも、今シオンが歩く 坂道は、京都らしい小路でありながら、人の流れが少なく 散策には丁度いい道だろう。

只、
今日は 散策ではなく、『墓参り』

登りし坂が、
緩やかに下る頃、知恩院が見えてきた。
今日も、大きな車寄せ ロータリーは、観光バスが 入ってきている。

シオンは、そのまま知恩院の横にある門を入る。

円山公園だ。

「子どもの頃は、もっと大きいと、思ったんだけどなあー。」

シオンは、公園の中央にある、
『枝垂桜』を 離れた所から見つめる。

今は、どこも 小綺麗な気がする。

祖父に連れられて来た、
円山公園界隈は、シオンにはピンクの迷宮だった。
屋台も、見世物も、どこか裏へ入ると、怖いもの見たさで惹かれるような、
陰陽なモノや場所が存在した。

そんな、ど真ん中で 佇む『枝垂桜』は、
もっと妖艶な色と、
女神の様な 存在感で、
シオンは 絡め取られそうだった。

でも、今は違う。大人になったから?

その答えを 探しつつも、

シオンは 旅の終着地へ足を運ぶ。


豪奢な洋風建築、
門に、桜が咲いている、
長楽館の前で、足を止めた。

その前で、
夫婦が出す、花屋台があるのだ。
シオンは、いつものように、この屋台で、2つ、色墓花を買った。

この花屋台の直ぐ後ろ、
山部へと伸びる石畳が、
シオンいく場所の入り口だ。

石畳を 厳かな気持ちで、

歩く。
心静かに。

観光の繋争が絶え間ない、
八坂神社から円山公園の、
ほんの目の前に、こんなにも、静寂な場所があることに、

京都の深さを感じる。

祖父に手を引かれて歩いた石畳は、今日も、空は抜けるように明るく、香の煙が流れている。

石畳の先には、階段。
中折れで、知らない人なら、
この先には訪れる事はないだろう。

そのまま階段を上がると、社務所がある。
龍の手水で、手口を清めて、
建物の前を通り過ぎる。
奥にいくと、墓稜だ。
傾斜を利用して、無数の墓が並ぶ。

真ん中には六角堂。

シオンは 入り口で、柄杓と、水入れを手にして、墓稜を上がる。

一族の代々の墓は、
もちろん滋賀の本家近くにあった。
けれども、『三代目』は、終戦後に、墓を丸々 滋賀から出した。

そして、この京都に、移したのである。

一族にとって、一番縁の薄い場所でもある。
あえて、選んだのだろう。
祖父は、

「円山の『枝垂桜』が綺麗だから」

と、移動させた理由を シオンに話ていたが、
本心は何処だったのだろう。

ふと、シオンはレンとルイを思った。
今頃、話ていた、
守山でラーメンを食べ終わり、
自転車で、近江八幡宮から日野に 着くのではないだろうか?

水口あたりまで走れば、
ルイが言っていた通り、
春の田園の中を、

爽快に走れるはずだ。

「本当は、一緒に走りたい、かもねー」

シオンは、そう 言って
風に言葉を飛ばした。

空が、近い。

この場所は、高台にあるから、振り返ると、京都の盆地を見渡せる。

蛇口を捻って、ジャっと新鮮な水を水桶に入れて、
目印をみつける。

大人になっても、目印を覚えて、目指す場所に行くのは 、
なかなか骨が折れるものだ。

税引き後された、小路をいく。

見覚えのある 墓碑が見えた。

一族の墓だ。


水桶から、柄杓で水を掬って、タオルを濡らす。
ヒンヤリする 墓石を磨いて、
花立に、新しい水を注いだ。
そこに、色花を指しす。

石の水入れに、
新鮮な水をいれた、シオンは、
そっと、喪服のポケットに、

手を入れた。

取り出したのは、
黒のレースハンカチ。

この喪服の持ち主が、ポケットに入れていたモノだ。

「お祖父様、今日は、報告があります。」

シオンは、そのハンカチを 綺麗に広げた。

そして 万感の想いを込めて、ハンカチを、


墓石に被せる。

「今日は、よく晴れてますから、皆さんの『日除け』です。」

もう1救い、水を 注ぐ。

「叔母さんが、亡くなりました。もう、お逢いしたかもしれませんね。レンが、喪主です。ルイと あたしで、参列しましたよ。」

一筋、風が吹いて、
被せたハンカチのレースが
応えるように、棚引く。

「叔母さんにお願いに行ったのに、先にお祖父様にお話し行かれてしまいましたね。」

シオンは、ゆっくりと両方の掌を合わせ、
礼をとり、
合掌する。

「どうか、あたしを 入れて、ください。あと、レンとルイもです、って。一族で、最後に入ります」

顔を上げる。

祖父は、どこまでも シオン達を 分かっていたのだろう。

金庫に最後、残しくれた『希望』

最後に、シオン達が 一番幸せになる方法も、指し示してくれたとだとも、今、やはり、
シオンは全身で感じている。

あ、もしかして、今
レンとルイも、
あの樹の間に、立ってる?

だよね。

「なんでしょうね。こんなにも、未来が 幸せに思える様になるなんて。」

もう、
その日が来ることに、
怖さがない。

人は、やはり その時を怖れる。
でも、 そうではなくなった。

白い砂になって、
レンとルイと、
また、重なり、
交われる時になる。
それが、
酷く、愛おしく
涙が出る

「何故でしょうね。」

言葉には、ならない
喉の奥が ヒリヒリする
幸せの痛みに、胸の潰れる
そんな 感情。

シオンは、そのモノに
名前を見つける事は

出来ない。

叔母の喪服が、風に微風ぐ。



きっと、代々誓いを立てた、
あの本殿の前で
今 、二人が 報告してる。

繋がる


『ブブッブブッ』

電話が振動した。
シオンは、電話を耳に当てる。

「ママ?」

『シオン!貴女!どう?ちゃんと、出れた?』

電話の向こうで、シオンに名代を頼んだ本人の声がした。

「ママぁ」

『何?どうしたの?子どもの時みたいな声だして。』

シオンの目から、水が出る。

「今から、帰る。京都だから。帰りに、そっち、顔だすねー。」

ツーッと、頬を水が ひと筋。

『あら、そう?京都なの?なら桜餅買ってきて!!いつもの、八坂さんとこ、真っ直ぐ行った、』

それを、シオンは、そのままに。

「ハイ、ハイ、あそこのね。あっさり甘さの桜餅ね。好きだねぇー。」

流れるままに。

『そう、良くわかってるじゃない。ママが選ぶ、お菓子に、間違いはないのよ!!宜しく。」

そう言って、電話の主は、勝手に切ってしまった。

まあ、いいけど。
この母親がミラクル起こすのだから。


「さあ、お祖父様、もう降ります。序でに、八坂さんの『厄除けぜんざい』、食べて帰りますね。お祖父様が教えくれたでしょ?この時期だけ、桜餅が入るんだって。」

ザアーっと、甘いような香の香りがする。いつも、京の風は、雅な風だ。

今日は、その雅がことのほか

「花弁が混じって、」


「見目さえ、麗しいですよー。」

シオンは、水桶を手に


頬をゆるりと撫でた

桜弁を、手に

下界へ降りる。


墓石の 黒レースの ハンカチが、

桜の風で、

舞 消えた。



『春の雪、喪主する君と二人だけの弔問客』2020.3/29~4/20

=脱稿 さいけ みか