「おーい、葉介、ゲーセンいかね?」

 週明けの月曜放課後、教室でいつものグループに声をかけられる。

 気温は高いけど、窓の外は雨。6月に入った初日、梅雨の時期らしい、やや強めの雨が、窓ガラスを叩いてじゃれていた。

「悪い、部活あってさ」
「えっ、葉介部活入ったの?」
「何? どこ?」

 ワイドショーに出てくる熱愛発覚芸能人のごとく、囲まれて質問攻めに遭う。「先週からな。映画制作部だよ」と返すと、「そんな部あったっけ?」「んー、あった気がする」とぼやけたリアクションが返ってきた。


「誰かうちの学年で入ってるヤツいる?」
月居(つきおり)涼羽(すずは)って知ってる? いつも赤いヘッドホンつけてる」

「あ、知ってる! 髪色もヘッドホンも目立つから登校のときによく見つけるよ」
「物静かで音楽好きな美人って感じだよな。そっか、あの子映画部なんだ」

 映画撮影のことを聞かれてもまだよく分からないので、それ以上質問を重ねられる前に「また時間が出来たら遊ぼうぜ!」と足早に廊下へと飛び出した。


「さて、と」

 先週の水曜以来、久しぶりに部室へ向かう。基本は週5で毎日あるらしいけど、木金は桜さんが「脚本の詰めだから籠る!」と宣言したので、部活は休みになった。


「あ……」

 北校舎と南校舎を結ぶ渡り廊下の入り口で、黒いリュックを背負い、ヘッドホンをしながらスマホを触っている月居に会った。

 俺に気付いているだろうか? 話しかけていいのかちょっと迷うけど、無言で去って無視されたと思っても困る。


 と悩んでいると、彼女はスマホをブラウスのポケットに入れて顔をあげる。
 完全に目があった。これは話しかける一択だな……。


「よお」
 スッとヘッドホンを外し、無言で少しだけ頭を下げる彼女。

「ぶ、部室?」
「うん」

 一緒に行こうぜ、も言えないうちに彼女はまたヘッドホンをつけた。最低字数の会話を交わして、南校舎へ向かう。

「…………」
「…………」

 か、会話がない……部室でも思ったけど、寡黙なんだなあ。

 ずっとヘッドホンをして、音楽に浸っている月居。
 いつも、どんな曲を聴いてるんだろう。話のタネに聞いてみるか。

「あの、何聴いてるの?」

 少し声大きめに投げかけた問いに、彼女はゆっくりこちらを向いた。

「今? セミ」

 知らないアーティスト名に、脳内の検索エンジンが固まる。

 え、流行りの最新アーティスト? それともコアなグループ?

「ごめん、そんなに音楽詳しくなくて。バンド?」
「バンドじゃないわよ、SEよ」
「SE……」

 知らない言葉を質問したら知らない言葉で返された。どうしようかと次の言葉に迷っていると、彼女から「ああ、ごめんね」と助け船を出された。

「SE、サウンドエフェクトよ。セミの鳴き声の効果音ってこと」
「セミの声……?」

 連続して首を傾げている俺に、月居がヘッドホンの頭周りの長さを伸ばして渡してくれる。

 カポッとはめてみると、瞬間ここだけクーラーと風鈴の似合う夏になったかのように、両耳からセミの鳴き声が聴こえてきた。

「撮った映像の演出に使うのよ」
「え……いつもこういうの聴いてるの?」
「もちろん普通の音楽も聴くけど、BGMやSE流してることの方が多いわね」
「えひっ! そ、そうなんだ……」


 へ、変なヤツ……! いつも無表情で何聴いてるのかと思ったら、セミの声だなんて!

 笑ったら絶対失礼な気がして、でもついつい笑いそうになって、必死で堪える。


「締切来月って言ってたけど、もうすぐ撮影なのかな」

 吹き出す前に話題を変えると、彼女はぐるりとリュックを胸の前に回し、ヘッドホンをリュックの中に突っ込んだ。
 しまった、音楽聴きたかったかな……でもセミだしな……。

「まあ、まずは脚本だけどね」

 リュックをまた背中に戻し、裾が捲れたチェックの青いスカートを直して、まっすぐ前に向き直った。

「ワタシが書いた部分、うまく使えるのかなあ」
「月居、脚本も書いてるのか」

 驚いて彼女の方を振り向く。雨雲で空が暗い分、彼女の栗色の髪が余計に鮮やかに見えた。

「一部だけだけどね。この1年くらいはずっと桜さんが書いてたけど、来年はいないから。夏本さんも抜けて人数減るから廃部になるかもしれないけど、仮に1年生が入ってきても、脚本書ける人がいないと映画作れないからね」
「そっか、今年で引退だもんな」

 気付いてなかったけど、桜さんも颯士さんも、受験考えたらあと半年も活動できないってことだ。部活の存続のために初めてのことにチャレンジするってすごいな。

 そしてもう一つ気付いたこと。月居もちゃんと喋ってくれる。目はほとんど合わないけど。