「いやあ、葉介のラストカットの差し替えで一時はどうなることかと思ったぜ」
「ちょっと颯士さん、それは言わない約束じゃないですか!」
「ふふっ、キリ君のおかげで最高のラストになったわ」

 4人並んで、走ってきた道を戻る。俺達を見守る役目を終えた太陽がゆっくりと沈んでいて、道路にうっすらと影を残した。

 緊張感も解けてクタクタなので、今日はそのまま解散、打ち上げは後日やることに。


 ああ、終わったなあ、終わっちゃったなあ。
 てんわやんわで大変だったのに、もうその時期が恋しい。しばらくは制作もおやすみかな。


「もうすぐ夏休みだし、次の作品の準備しないとね」
「……へ? 桜さん、またすぐに脚本書くんですか?」

 間の抜けた声で訊く俺に、涼羽が「甘いわよ、桐賀君」と目を瞑って首を振る。

「キリ君、部長の私に抜かりはないわ。春にもう、ざっくり2本書き上げてるのよね。スズちゃんと協力して直せば、割とすぐ完成すると思う」

 雲に宣言するように空を見上げる部長、兼、監督。
 柔らかい風が、胸元の黒髪を優しく揺らした。


「8月には15分以内の超短編コンクールがあるからどっちかを出したいんだよね。もう片方は9月の文化祭で流す新作。勉強と両立させなきゃなあ」
「なんか、桜さんらしくて良いですね」

 彼女の熱量なら本当にやるかもしれない。
 でも、うん、近いうちにすぐ撮れるなら、すごく嬉しい。

「よし、じゃあオレは学校戻る。自転車取りにいかないとだし」
「私も野暮用あるから戻るわ。スズちゃん、キリ君、またね。来週打ち上げしようね!」
「お疲れ様でした!」

 交差点で2人と別れる。もう付き合ってることを隠すつもりもないのかもしれない。また気が滅入るかと思ったけど、解放感と開放感で胸がいっぱいで、なんだか清々(すがすが)しかった。


「……帰るか」
「そうね」

 駅とバス停で別れるT字路まで、涼羽と一緒に茜色に色づいた雲の下を歩く。
 スーツ姿のサラリーマンがブラウスにスカートのOLと楽しそうに手を繋いでいて、金曜夜が近づいていることを思い出させた。

「なんだかんだ、夏休みも忙しくなりそうだな」
「ワタシも今度は絵コンテ挑戦しなきゃ」

 返事をした彼女を見ると、バッグに手を入れていたところだった。しまった、変なタイミングで話しかけちゃったな……。

「いいよ、曲聞いて」
「あ、ううん」
「俺も聞くし」

 胸ポケットに入れていたイヤホンを見せると、彼女は少し唇を内側に押し込み、「ありがと」と赤いヘッドホンをはめた。

 俺も何か流そうとしたけど、結局イヤホンをしまい、彼女の3歩後ろを付いていった。


 ◇◆◇


 真正面に見える燃えるような夕焼けで、愛理の写真を思い出した。

 アイツ、俺のスマホでこっそり色々撮っていたらしい。2年経ってようやく気付いたよ。渓谷以外にも幾つかあるみたいだから、今度どの場所か探しながら歩いてみようかな。



 ねえ、愛理。動画も結構撮ってたみたいだな。
 君のことだから、アングルも動かし方も、ちゃんと考えて撮ってるんだろう。楽しみに見させてもらうよ。

 しばらく避けてたけど、久しぶりに君の家にも行ってみようかな。
 話したいことがたくさんあるんだ。


 転校が大変だったこと、部活に入れなかったこと、かったるい委員会で運命の出会いがあったこと、セミの声ばっかり30分間聞かされたこと、撮影中に子どもと鬼ごっこをやる羽目になったこと、君の事故に関する推理、映画制作がどれだけ楽しいか、どれだけ今それを君と語りたいか。

 2年前みたいに、たくさん話すから、また絵コンテ読みながらでも聞いて、いつもみたいにきゅっと目を瞑って笑ってほしいんだ。


 止まっていた時計がようやく動き出して、部活を一歩踏み出せた。たまたま君と一緒の部活だ。
 これから俺は、君みたいに夢中で映画を撮るから、見ててくれよ。

 それに、いつか君の映画も見たいな。どこかに残ってるかな? ツテを当たって頑張って借りてみるよ。音声と照明についてはうるさく言わせてもらうぞ。


 あとは、そうだな。恋も、走りだせたらいいな。

 君との思い出は短いけど大切なものだから、絶対に忘れないようにして、少しずつ前に進んでいくよ。


 ◇◆◇


「ふう……」

 小さく決意の深呼吸をして、目の前でヘッドホンを付けている涼羽に視線を向ける。

 あの時、何も言わずに、泣いている俺のそばに一緒にいてくれたことに、その後も部活で騒がずにいてくれたことに感謝している。

 あのヘッドホンがあったから、あそこで散々泣けたから、逃げ出さずに最後まで出来た。俺が今こんな気持ちでいられるのも、涼羽のおかげだ。


 いつかタイミングを見て、ちゃんとお礼を言わなきゃ。

 今は音楽に、あるいはセミの声にでも夢中のはず。もうすぐお別れのT字路だし、練習だけしておくか。



「涼羽、この前、ありがとな。本当に助かったというか、救われたよ。で、BGMさ、単館上映の邦画見ると勉強になるって言ってただろ。色んなお礼で、その、近くでやってたら、チケット代持つから、一緒にどうかな?」


 すると、ヘッドホンを外して、涼羽がくるりとこっちを向く。

 え? あれ、聞こえてた? そんなに大きな声じゃなかったけど。
 まさか、まだ曲流してなかった?



「うん、楽しみにしてる」



 色紙(いろがみ)みたいなオレンジに照らされ、彼女の栗色の髪が輝くように光る。

 これまで見たこともない、嬉しそうな笑顔に、俺の胸は(ほの)かにトンッと高鳴る。


「桐賀君、またね」

「あ、ああ、またな」


 ほら、これはひょっとしたら、また何かが始まる合図かもしれない。


「…………よし!」

 これまでと違う、新しい夏。なんだか歩いていられなくなって、駅に向かって全速力で走りだした。



 <了>