「あの!」

 翌日、14日、火曜日。提出まで、あと3日。
 俺の庭だと言わんばかりに雲が空いっぱいに広がり、比較的過ごしやすい放課後の部室で、全員に呼びかけた。


「どしたの、キリ君?」

 返事の代わりに、スマホを木の長テーブルの上に置く。意図が分かった桜さんがグッと身を乗り出し、颯士さんと涼羽もそれに続いた。準備ができたのを見て、動画を再生する。

「う、わ……」

 桜さんが思わず声を漏らす。そこには、一面に咲いたクローバーの野原に横たわっている俺が映っていた。

「すごい……キリ君、ここどこ?」
「石名渓谷のちょっと先にある野原なんです。前に行ったのを思い出して」

 隣で見ていた颯士さんも、「めちゃくちゃ綺麗だな!」と画面にくぎ付けになっている。

「いつ撮ってきたんだ?」
「今朝です、始発で」

 俺の答えに、彼は驚嘆の表情を見せる。そんな表情をしてくれるなら、セルカ棒で撮った甲斐もあるというものだ。


「ちゃんとクローバーが残ってるの、すごいな。夏になると枯れやすいって前に聞いたことあるけど」
「そうみたいですね。たまたま日当たりと風通しが良い場所なんで、まだしっかり生えてるのかな」

 改めて映像を見返してみる。それは自分で見ても、納得のいくロケ地だった。

「佳澄、失恋のカットには、こういうのが合ってると思います。草原で横になって、静かに泣くって感じが」
「なんで?」

 まっすぐに俺を見ながら、涼羽が口を開く。そのトーンは、頭ごなしの否定ではなく、フラットに議論をしたい、という意思がきちんと見えていた。

「昨日はうまく言えなかったんですけど」

 俺も、まっすぐに顔をあげる。涼羽と颯士さん、そして桜さんから、目線を外さない。

「きっと、自分だけのものにしたいから」

 その言葉に、桜さんは大きく目を見開いた。

「人目も憚らず泣くっていう表現も分かります。でも、佳澄ってずっと和志のことを想っていたんですよね。だから、本気で応援もしたいし、でも悲しみも深くて、陽菜にも嫉妬したりして。そういう、心がぐちゃぐちゃで本当にしんどいときって、しばらく1人の世界に入りたいんじゃないかなって」

 多分、そうだと思うんだよ。佳澄は俺だから。あの日、涼羽がいたけど、1人でずっと雨の世界に籠って泣いていた俺と一緒だから。

「ごめんなさい、時間がないの分かってるんですけど、どうしてもこっちの案がいいなって思って」

 俺の撮ってきた20秒弱の動画を何度も見る3人。返事を待つのに緊張して、勢いのまま言葉を重ねながら、映像に映る自分と向き合っていた。



 これは、愛理が教えてくれた場所だった。2年前、「すっごく辛くて、泣きたいときに来るんだよ」と秘密の場所を共有してくれた。


 これが、俺の、俺にしかできない表現なんだと思った。

 この場所を知れたのは愛理のおかげで、この提案ができたのは桜さんの作った脚本と映像のおかげで。2人が俺を、動かしてくれた。どっちが欠けても、このロケ地には辿り着けなかった。

 どちらを好きになったことも無駄にならない。俺が経験した想いが、佳澄を、より生きた存在にできる。



「……良いと思う、オレも。この映像、すごく良い」

 始めに賛成を口にしたのは、颯士さんだった。

「ワタシも、このシーン好きですね。ここから暗転でエンディングに繋がれば、BGMももっと映えるの選べそう」

 そして、トリを飾るように、桜さんが嬉しそうにググッと口角を上げた。

「んー、私もね、これいいなあと思ったんだよねー。ここで泣いてる佳澄、『らしい』なあって!」

 4人で笑う。
 今日は火曜、提出は金曜。でも俺達は、そんな単純な算数を諦める材料にするほど大人じゃない。


「桜さん、一応天気調べてますけど、明日は終日快晴みたいですよ」

 キリ君やるわね、と桜さんは意地悪げな笑みを浮かべた。

「どうする? 撮っちゃう?」
「最高の映画創っちゃいますか」
「今更止めるのもおかしいだろ」

「よし、演劇部に連絡しよう。明日の放課後、撮影いけるか確認して。私は絵コンテ直すから、 ソウ君、その後にカメラワーク一緒に考えて!」
「オッケー。月居、音声お願いできるか?」
「任せてください」
「葉介、詳しく場所教えてくれ。他に写真撮ってるか?」
「もちろんです、見せます!」

 さあ、10日ぶりのリテイクが始まる。俺達の映画が、もう一度動き出す。