そしてすぐに、その原因を理解する。アングルも音も光も、元のままだ。

 変わったのはつまり、自分。見ている俺の心が、受け取り方が、違っている。悲しみを無理やり飲み込んでいる、その精一杯の強がりが、今の自分とオーバーラップしてしまう。

 経験は何事にも代えがたい武器だと、何かの本かどこかの漫画で読んだ気がする。本当にその通りだ。

 別に失恋なんてしたくてしたわけじゃないし、中学生のころだって近い経験はしているはずだけど、昨日・一昨日の出来事があったからこそ、このシーンをきちんと理解して咀嚼できる自分がいる。

 ということは、これを演じきった藤島さんも、そしてこれを書いた桜さんも、多かれ少なかれ、同じような経験をしているのかもしれない。


「どしたの、桐賀君」
「え?」
「ううん。なんか、楽しそうだなって」

 言われて初めて、笑っていることを自覚した。

「……いや、結構良い音楽見つけられそうだな、って思ってさ」

 スマホに繋げたイヤホンをさくりと耳に差し込み、サイトを開く。検索に何百曲とヒットする中から、さっきのシーンに、あの時の佳澄の心情に合うBGMを探す。

「……違うな。これは…………これも違う」

 一昨日の火曜日に再生したはずの曲も、聞こえ方が変わっている。そして、合ってるかどうかが、直感的に分かるようになっている。

 セミの声みたいなSEと違って、BGMの良さは理屈で説明できない部分も多いから、感覚が大事。その感覚が、「なんとなく」じゃなく、心の奥底にある静かな水面が揺れるかどうかで、判断できるようになった。


「これ、すごく良い……ピアノソロの部分……」

 昨日みたいに首を傾げて悩むことがない。涼羽にも、先輩2人にも、自信を持って薦められる。

 桜さんは、やっぱりズルい。こんな置き土産を残されたら、頑張るしかないじゃないか。

「涼羽、他にオススメの音源サイトないか? もう少しだけ探したいんだけど」
「他のところ? んっと、もう1つ、最近ほとんど更新されてないけど、割と良曲がたくさん保管されてるところがあるよ」

 向こうでは桜さんと颯士さんが編集を進めている。涼羽もたまにそこに混ざって、声やSEのボリューム調節を指示している。


 俺には俺の、やれることがある。全員で、この作品を作り上げていく。

 そんな思いで編集を進め、あっという間に週の後半、そして週末が過ぎていった。


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