「ふう、やっぱりBGM決めるの難しいな。何回も聞くとどれも合ってるように思えてくる」
「分かる、そういうときは一旦他のことやってリフレッシュした方がいいよ」

 昨日編集が済んだところまでは音選び終了。
 BGMも、少しだけ納得いっていない部分もあるけど、これ以上は冷静に判断できそうにないのでタイムアップ。一応、候補になりそうなものは数曲見つけられた。

「テレビ局が絡んだりしてない邦画とか、学生映画とか見ると参考になるかも。低予算だからフリー音源使ってることも多いしね」
「へえ、涼羽も結構見に行くのか?」
「たまにね」

 返事しつつ、パソコンをバッグにしまう彼女。片付けが終わり、桜さんと颯士さんの編集会議に加わった。

「次は、と。このカットだな」

 モニターに映されたのは、佳澄と和志が向かい合って座っているシーン。お互いの部活の話になり、佳澄が以前、和志と陽菜が一緒にいるのを見たことを思い出してしまう場面だ。

「この次の回想シーンとは暗転で繋ぐことになってた。これで違和感ないか確認してくれ」
 暗転を見ながら、桜さんが「んん……」少しだけ首を捻る。

「大丈夫だと思うけど……キリ君とかどう?」
「え、俺ですか?」

 急に振られると緊張する。でも、映像の見方が少しずつ変わっているのか、以前と違って、自分の意見がはっきりと脳内に書き出されていた。

「んっと、佳澄ってこの時点では告白する気まんまんですよね。だから、いきなりこんなに暗いトーンで回想するかなって気がします。ちょっと引っかかるくらいで、でもここからだんだんその不安が大きくなると思うんで、ここは暗転じゃなくて白の方がいいかもなあって」

 束の間の静寂。どんなリアクションが返ってくるか、自分でも分かるほど鼓動が早まっている。

「うん、確かにそうかも!」
 監督が、ゆっくり頷いた。

「ソウ君、やってみてもらえる?」
「おうよ。こうして、と……はい、これでどうだ?」
 同じシーンが流れる。暗転の代わりに、ホワイトアウトで回想へと遷移した。

「こっちの方が良さそうね!」
「ワタシも、こっち好きですね」
「じゃあホワイトアウトでいこう。キリ君、ナイス意見!」
「葉介、グッジョブ!」

 顔が熱くなりそうな照れを隠すため、ペコッと小さく頭を下げて「うす」とだけ返す。

 自分なりに考えた意見が、この映画を少しだけ変えた。観客が見る映像を直接味付けできた。それは、これまでの部活や習い事でも味わったことのない紅色の興奮だった。



「よし、今日はここまで!」

 18時半。太陽が最後の輝きを放ち、窓にオレンジのグラデーションを塗りたくっている。「あっつー」と煽ぐ下敷きの風で、桜さんの黒髪がふわりと揺れた。

「ソウ君、映像の元データ、前半のだけでいいからここに入れてもらっていい?」

 パソコンに外付けする端末を颯士さんに渡す。え、終わりじゃないの?

「家で見てみるよ。ちょっとペース上げないといけないし、先にじっくり考えておきたいしね」

 その言葉に、消えかけていた——見て見ぬをフリをしていた——炎が蘇る。一つ、ちょっとだけ納得いってないBGMがあった。リフレッシュした頭で、もう一度候補を考えてみようかな。

「俺、少し残って曲やります。涼羽、2曲目のアレ、選び直してもいいか?」
「ん、いいよ。ワタシも家で4曲目少しやろうと思ってたし」
「キリ君もスズちゃんもやる気ね!」

 イシシと歯をこぼす桜さんに、心の中で「誰のせいだと」とツッコむ。


 この人と一緒にいると、妥協している自分をバシンと叩きたくなる。自分を引っ張り上げてくれる、尊敬できる先輩に出会えたことは、俺の高校生活に突然姿を現した宝物だった。