楽しい想像を膨らませているうちに木曜と金曜が過ぎ、7月4日土曜日を迎えた。
天気は晴天、雨雲にたびたび主役を奪われていた太陽が真打ち登場と言わんばかりに顔を出し、朝からごきげんに気温を上げている。
今日が撮影最終日、クランクアップの予定。まず昼までは、先週ロケハンに来た追川駅でカメラを回す。
「はい、自販機で買ったジュースを取り出します! ようい……アクション!」
280あったカットも順調に残り80カットまで減った。桜さんの合図で、いつも通り撮影をしていく。
先月から始めて、このアクションをかける声にも、カチンコの音にも、佳澄達と一緒に機材を持って移動するにも慣れてきたけど、今はそれが終わるのが寂しい。
休日にみんなで、世界中でここにしかない物語、俺達にしか作れない映像を作る。こんなに面白いことがあるのか。
「はい、このカット、オッケーです! 次、佳澄が受け取ってお礼!」
ああ、きっとこうやって、颯士さんも涼羽も桜さんも、そして愛理も、映画制作の虜になっていったんだな。これをまたやりたくて、また新しい映画を企画するんだ。
「監督、次はカフェのシーンでしたっけ?」
「そうそう、キリ君が良いお店見つけてくれたのよ」
後ろで話している佳澄と桜さんの会話を聞きながら、駅に隣接したバスのロータリーを過ぎ、表通りを越えた。
住宅街の通りの中で、隣の家と間隔を開けてポツンと立つ白い建物。一見マンションのようなそのビルの3階の一室、ドアの上部に店の名前である「another room」というネームプレートが掛かっている。
「いらっしゃい、待ってたよ」
12時きっかりに入店する。ぱっと見60くらい、深緑のエプロンをしたおじさんが、「どうぞ」と出迎えてくれた。
「う、わ」
「オシャレ!」
キャストが立て続けに小さく声を漏らす。
小さな窓があるだけのこじんまりとした部屋で、オレンジの柔らかい間接照明が木製のテーブルとゆったりした椅子を照らしている。簡単な防音加工もしているらしく、壁に貼られた幾つかのアーティストのビラが、不定期でミニライブをやっていることを示していた。
2回くらい来たことがある店だったので、先週のロケハンのときに思い切って撮影に使わせてもらえないか頼んだところ、自分も若い頃に8ミリで作ったことがあるらしく、「その日だけは12時半からオープンってことにするから、その間に撮るといいよ」と快諾してもらえた。ロケハン担当の面目躍如だ。
「こんにちは、よろしくお願いします!」
桜さんが挨拶と併せて使うテーブルの相談をしている間に、撮影機材を準備する。初めて来たキャストの面々は、買うこともできるアンティークのインテリアを興味津々の顔で眺めていた。
「もうすぐ終わりですね」
隣でカメラをセッティングしている颯士さんに話しかけると、彼はすこし固まった後、わざとらしい呆れ顔で首を横に振った。
「撮影、がな。オレ達の仕事はここからだぜ。な、月居」
マイクをボフボフとスポンジに突っ込んでいた涼羽がこくんと頷く。まだ何も始まっていないのに、既にヘッドホンをしていた。
「……でも良い作品になりそうでよかったです」
「そうだな。うん。これまでの中でもかなりの力作だぞ」
全員で監督の方を見た。
俺達をここまで引っ張ってきてくれたのは、彼女の映画に向けた絶えない情熱。北極星のような道標で、太陽のようなエネルギーだった。
「サプライズのプレゼント、いい企画ね」
颯士さんが三脚ごと移動したタイミングで、涼羽が小さく声をかけてきた。
「やっぱりちゃんと祝いたいじゃん?」
「うん、そう思う」
本人にとってはクランクアップが一番のプレゼントかもしれないけど、せっかく1年に1回の大事な日だから。みんなで協力して、成功させよう。
天気は晴天、雨雲にたびたび主役を奪われていた太陽が真打ち登場と言わんばかりに顔を出し、朝からごきげんに気温を上げている。
今日が撮影最終日、クランクアップの予定。まず昼までは、先週ロケハンに来た追川駅でカメラを回す。
「はい、自販機で買ったジュースを取り出します! ようい……アクション!」
280あったカットも順調に残り80カットまで減った。桜さんの合図で、いつも通り撮影をしていく。
先月から始めて、このアクションをかける声にも、カチンコの音にも、佳澄達と一緒に機材を持って移動するにも慣れてきたけど、今はそれが終わるのが寂しい。
休日にみんなで、世界中でここにしかない物語、俺達にしか作れない映像を作る。こんなに面白いことがあるのか。
「はい、このカット、オッケーです! 次、佳澄が受け取ってお礼!」
ああ、きっとこうやって、颯士さんも涼羽も桜さんも、そして愛理も、映画制作の虜になっていったんだな。これをまたやりたくて、また新しい映画を企画するんだ。
「監督、次はカフェのシーンでしたっけ?」
「そうそう、キリ君が良いお店見つけてくれたのよ」
後ろで話している佳澄と桜さんの会話を聞きながら、駅に隣接したバスのロータリーを過ぎ、表通りを越えた。
住宅街の通りの中で、隣の家と間隔を開けてポツンと立つ白い建物。一見マンションのようなそのビルの3階の一室、ドアの上部に店の名前である「another room」というネームプレートが掛かっている。
「いらっしゃい、待ってたよ」
12時きっかりに入店する。ぱっと見60くらい、深緑のエプロンをしたおじさんが、「どうぞ」と出迎えてくれた。
「う、わ」
「オシャレ!」
キャストが立て続けに小さく声を漏らす。
小さな窓があるだけのこじんまりとした部屋で、オレンジの柔らかい間接照明が木製のテーブルとゆったりした椅子を照らしている。簡単な防音加工もしているらしく、壁に貼られた幾つかのアーティストのビラが、不定期でミニライブをやっていることを示していた。
2回くらい来たことがある店だったので、先週のロケハンのときに思い切って撮影に使わせてもらえないか頼んだところ、自分も若い頃に8ミリで作ったことがあるらしく、「その日だけは12時半からオープンってことにするから、その間に撮るといいよ」と快諾してもらえた。ロケハン担当の面目躍如だ。
「こんにちは、よろしくお願いします!」
桜さんが挨拶と併せて使うテーブルの相談をしている間に、撮影機材を準備する。初めて来たキャストの面々は、買うこともできるアンティークのインテリアを興味津々の顔で眺めていた。
「もうすぐ終わりですね」
隣でカメラをセッティングしている颯士さんに話しかけると、彼はすこし固まった後、わざとらしい呆れ顔で首を横に振った。
「撮影、がな。オレ達の仕事はここからだぜ。な、月居」
マイクをボフボフとスポンジに突っ込んでいた涼羽がこくんと頷く。まだ何も始まっていないのに、既にヘッドホンをしていた。
「……でも良い作品になりそうでよかったです」
「そうだな。うん。これまでの中でもかなりの力作だぞ」
全員で監督の方を見た。
俺達をここまで引っ張ってきてくれたのは、彼女の映画に向けた絶えない情熱。北極星のような道標で、太陽のようなエネルギーだった。
「サプライズのプレゼント、いい企画ね」
颯士さんが三脚ごと移動したタイミングで、涼羽が小さく声をかけてきた。
「やっぱりちゃんと祝いたいじゃん?」
「うん、そう思う」
本人にとってはクランクアップが一番のプレゼントかもしれないけど、せっかく1年に1回の大事な日だから。みんなで協力して、成功させよう。