無事に目的のカットも撮り終わり、今度はほぼ人の来ないような狭い道に移動する。この近辺で撮影する最後のシーン。

「桜さん、ちょっといいですか」

 マイクを準備し終えた月居が、桜さんに呼びかけた。

「この前後の数カット、通行人が全然出てないから、ずっと佳澄・和志ペアか和志・陽菜ペアしか映ってないですよね? ちょっと絵面(えづら)が似てて、見てる人が飽きそうな気が……」

 絵コンテをパラパラと捲って見せると、桜さんは「んー、確かに」と大きく首肯した。

「コンテだと7枚だけど、結構時間長いもんね。ここが真ん中だから通行人入れてもいいかな。でもここ誰も来なそうね……」

 辺りを見渡していた彼女と思いっきり目が合う。意味深にニヤッと口角を上げるのを見て、嫌な予感が体中を駆け巡った。

「さて、月居、俺もマイクのセッティングを——」
「キリ君、通行人よろしく!」

 やっぱり! やっぱりですか!


「カメラとか気にせず、普通に反対から歩いてくるだけでいいからね」
「分かりました。なんか恥ずかしい……」
「大丈夫、映画制作部なら誰でも通る道よ。キリ君もこれで銀幕デビュー!」


 そして指定された場所に行き、カチンコの音と同時に緊張しながら歩く。


『そういえば、バイト続けてるのか?』
『あー、ファミレス? うん、続けてるよ』

 話している佳澄と和志とすれ違う。撮影までは尻込みしていたものの、いざやってみると、自分がこの映画の一部になれるというのは結構嬉しい。

「はい、あと4カット! それ終わったら休憩がてら苅澤(かりさわ)駅に移動します!」


 レフ板をやりながら、子どもを遠ざけ、通行人も遠ざけ、通行人にもなる。

 カメラや監督やキャストだけで映画が撮れるわけじゃない、というのを実感しつつ、舞い込んでくる色々なトラブルに対応していくのは、存外楽しかった。


 ***


「今日はここまでです! お疲れさまでした!」
 苅澤(かりさわ)駅のロータリーで、監督が空に向かって叫ぶ。周りが何事かと見ている中で、俺達も「お疲れさまでした!」と両手を上げた。

 夕方になる手前、ややくすんだ色の空で、でっぷりした雲が泳いでいる。

 時間は17時過ぎ。予定ピッタリ。一時はやや遅れ気味だったものの、細かい休憩を挟むことで集中力が最後まで続いた。桜さんの名采配だ。


「藤島さん、永田さん、雪野さん、1日ホントにありがとう。次の撮影についてはまた連絡するわね」

 3人とも達成感でいっぱいなのか、「わかりました!」と晴れやかな表情で返す。

「じゃあうちの部活も含めて、全員解散!」
「桜さん、お疲れさまでした!」
「キリ君、お疲れ。ゆっくり休んで!」

 組んだ両手をググッと上に伸ばし、ストレッチしてから改札に向かう。今日はレフ板を持って静止していることが多かったから、体も固まったな。



「ただいま」

 家まで電車に揺られ、さらにそこから家に着く頃には、テンションで覆い隠していた疲労が倦怠感となって体に出始めていた。

「ぐうううう」

 呻きながらベッドに突っ伏す。初めてのことだらけで、今日は疲れた。動き回って、駆け回って、本当に疲れたけど、心地良い疲労でもある。藤島さん達も、同じように初めての撮影で今頃はクタクタだろうな。

 ……あれ、そういえば、ずっと佳澄や和志って呼んでたから、久しぶりに本人の名前を思い出した気がする。俺も、ほんの少しは、夢中になれてたってことかな。



 愛理も、撮影が終わった日はこんな感じだったのだろうか。疲労と充実感がないまぜになる中で、こうして横になったりしたのだろうか。

 スマホのカバーを外し、アルバムを除く。今の状況なら、昔の写真も見返せるかと思ったけど、結局怖くなってしまって、そのままカバーを閉じ、枕を頭の下に敷いた。


すうっと眠りに誘われ、ふわふわ微睡(まどろ)んでいるなかで、脳内で時間を(さかのぼ)る。


 愛理も、休日夜に電話した時、ぐったりしながら出てくれたことあったな。「撮影で……」と言っていた彼女に「なんだよ、運動したわけでもあるまいし」なんて返しちゃったけど、これを1日やってたら疲れるのも当然だ。悪いことした。


 ああ、あの時、「撮影ってどんなことするんだ?」って聞いてあげれば良かったなあ。中学生の俺は幼くて、自分の部活や受験や男友達の話に夢中で、何も知ろうとしなかった。
 後悔がシュルシュルとその身を伸ばし、胸を緩く締め付けてくる。


 そしてやっぱり、なぜ彼女が事故に遭ったのか知りたくなってしまって。
 すっかり賞味期限の切れた謎を飲み込み、消化不良になりながらも、そのまま2時間ぐっすり眠った。