「よし、オッケーです!」

 カットが終わったところで、月居とバトンタッチ。

「ありがとな、面白かった。この場所の撮影は台詞も少ないし、ちゃっちゃと終わりそうだな」

 そう言うと、彼女はちらと公園の方を見た後、俺に向き直ってふるふると否定した。

「そんな簡単にはいかないわね。そろそろ厄介な敵が来そうだから」
「敵?」

 彼女の言葉の意味を、俺は十数秒後に知ることとなった。


「ねえねえ! 何してるの!」
「カメラ持ってる! なんかの撮影?」
「えーが? えーが?」

 公園にいた「好奇心の塊」こと小学校低学年の男女が5人、面白いおもちゃを見つけたように目をキラキラさせながら、カメラを持つ颯士さんの周りにやってきた。
 なるほど、これは手強い……。


「あー、そうそう、オレ達これから映画の撮影なんだよ。ちょっとどいててくれるか?」

「撮影! すげー! 俺も出たい!」
「それマイク? 触らせて!」
「戦うところ撮ってよ!」

 眼球だけぐりっと上に向け、気絶するような顔マネをする颯士さん。
 桜さんが「今からカメラ回すから、静かにしてほしいなあ」とお願いするもの、「じゃあみんなで喋ったら負けゲームな!」と、間違いなくNGを連発しそうな状況になっている。


「仕方ない、こうなったらプランBね」

 プランAはおそらく「説得」だったのだろう。桜さんが俺の手をぐいっと引っ張り、彼らの前に生贄を如く差し出した。

 え、何? 何が始まるの?

「このお兄さんはね、鬼ごっこの日本チャンピオンなの。どんな人でもすぐに見つけてタッチしちゃうわ。どう、戦ってみない?」
「なっ……! なんっ……!」

 二の句が継げないでいると、予想通り、子ども達は「ホントに!」「鬼ごっこバトル!」とやんややんや手を叩いて騒いでいる。

「桜さん、そんな無茶な——」
 すかさず俺の肩に手をポンッと置き、反対意見を華麗に遮る。


「キリ君、すぐに終わるから。これは、私達が映画を撮るためにどうしても必要なミッションなのよ!」
「葉介、撮影の命運はお前に託されたぞ」
「桐賀君に懸かってるわ」
「………………」

 こんな真面目な顔して言われたら、乗るしかないよな……はあ。


「分かりました。不肖、桐賀葉介、全力で鬼ごっこしてきます! ほら、ガキども、ちょっと歩いたところに別の公園があるからそこに行くぞ。お兄さんが本気で相手してやろう」

「っしゃあ! じゃあお兄さんが鬼ね!」
「まずは10数えてね! その間に隠れるから!」

 こうして俺は、役者も滅多にやらないような全力ダッシュを20分間やる羽目になったのだった。



「も……戻って……きま……した……」
「お疲れ、キリ君!」

 LIMEに連絡を受け、老人のようにヨタヨタと歩いて撮影現場に帰ってきた。やや人の行き来の多い、さっきより大通りに近い道に移動して、和志と陽菜がリハーサルをしている。


「大丈夫か、葉介? 言ってくれればオレが行ったのに」
「颯士さんがそういう意地悪な先輩だってことは一生覚えておきますからね」

 俺のツッコミに颯士さんは「手厳しいな!」と手を叩いて笑う。隣で見ていた桜さんも、ぷはっと吹き出していた。

「じゃあ次のカット! ここは佳澄の想像のシーンだから、人が入るとちょっと困るわね……キリ君、ソウ君、通行止めお願いできる? ここは私が撮るから」
「オッケー。葉介、付いてこい。見本見せる」

 何をするかよく分からないまま後を追う。
 交差点まで行くと、颯士さんは大通りから曲がってきた30代くらいの主婦らしき女性に、腰を低くして「すみません」とお辞儀した。

「ただいま、映画の撮影を行っていて、これから本番が始まります。すぐに終わるので、少々お待ちいただけますか? あるいはお急ぎでしたら、お手数おかけしますが、あちらから迂回をお願いします」

 彼女は「あら、そうなの」と言って奥の通りへ進んでいく。颯士さんはもう一度頭を下げ、「すみません、ご協力よろしくお願いします」と挨拶した後、俺に向き直った。

「今みたいな感じな。もっとちゃんとした映画だと使用申請とか必要だけど、まあ学生映画だからな」
「こんなことまでやるんですね」

 驚きと感心が混ざったまま、率直な感想が口をついた。

 よくよく考えてみれば、公道で撮影する時にそこを通りたい人がいるのは当たり前なんだけど、まさかこういう配慮があったなんて。

「いいか、とにかく腰は低く、感じ良くな。本来なら自由に通れる道を無理やり使わせてもらってるんだから。もし不満を言う人がいたら張り合わずに通していいぞ」
「分かりました」

 オレは向こう側やるから、と言って彼は反対側の交差点に行った。ちょうどそのタイミングで、中学生と思われる男子3人が歩いてくる。

「あの、ごめんなさい。今ちょうど、映画の撮影を行っていて……」

 正に縁の下の力持ち。これからは他の学生映画見るときも、ついつい「これはかなり道路でペコペコしたんだろうな」と思ってしまいそうだ。