「監督、次は外ですよね」
和志が空になった桜さんの弁当ケースを受け取り、ゴミ袋にしまう。
「そうね、学校の中で着替えてもらおうかな」
「分かりました。じゃあみんなで行ってきます」
昼休憩は30分ほど。すぐに後半の撮影に向けて準備が始まる。
桜さんは、絵コンテを穴が開くほど見て、時折上を向いてジーッと空の一点を見つめていた。きっと頭の中で撮影していたんだろう。まさに「職人」って感じだな。
「お待たせしました」
移動できるように撮影機材をまとめたタイミングで、私服に着替えた3人が戻ってきた。
佳澄は青い花柄のワンピース、和志はTシャツに七分丈サマージャケット、陽菜はネイビーのオフショルダーブラウスに色落ちしたデニムのショートパンツ。
全員、「大学生っぽく見える服装で」とお願いしてたけど、これならばっちりだ。
「監督さん、メイクもこんな感じでいいですか?」
「アタシは結構派手めにしてみました!」
佳澄と陽菜の顔を見比べる桜さん。やがて、「何枚かだけね」とスマホでパシャッと写真を撮る。
「今ので大丈夫。後でこの写真送っておくから、次の撮影のときはそれ見ながらメイクして」
「確かに、カットごとに化粧濃かったり薄かったりすると変ですもんね」
口紅がつかないよう、佳澄は上手にクスッと口を押さえた。
「んじゃ、次の撮影場所に出発!」
颯士さんを先頭に、わらわらと7人で移動する。
15分ほど歩いて着いた先は、大きな通りから2本外れた、公園に面した道路。車がほぼ来ない往来のようで、撮影には持ってこいだった。
「ここでは2つのシーン撮ります! 佳澄と和志が並んで歩きながら話すシーン、あとは佳澄の妄想で陽菜と和志が歩くシーン。陽菜は初演技ね」
「うし! 頑張ります!」
ビターチョコ色の髪をポンポンと揺らしながら手をグーにして気合いを入れる陽菜。その横で、颯士さんに習ったのを思い出しながら機材を組み立てる。
「桐賀君」
「うおっ! びっくりした、月居か」
気配も感じないまま声をかけられて飛び上がると、彼女は「ごめんね、急に」と申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「音声、やってみない? さっきカメラやったでしょ?」
「え、いいのか? うん、教えてくれ」
こうして、次のカットでは音声をやれることになった。色々経験させてもらえるのは嬉しい。
「まずこのガンマイクを持って」
「これ、ガンマイクっていうのか?」
細長いマイクにスポンジを被せながら、月居がコクコクと頷く。
「普通のマイクより指向性が高いの。指向性っていうのは、マイクを向けた方向の音をどれだけはっきりと拾えるかってことね」
相変わらず顔はほぼ無表情のまま、饒舌になる。音声のことになるとたくさん話してくれる。本当に好きなんだな。
「普通のマイクだと360度周囲の音を拾っちゃうんだけど、ガンマイクは向けた先の音をピンポイントで拾うことができるの。だからこうして外でキャストの声を鮮明に拾いたいときに重宝するわ」
「そっか、だからこの竿に付けてギリギリまで近づけるんだな」
「そう、この竿はマイクブームって名前よ。で、あとは耳ね。ちゃんと音聴くためにはイヤホンよりヘッドホンの方がいいから、貸してあげる」
首にかけていたヘッドホンを頭上に持ち上げる。
イヤーパッドにくっついて柔らかそうな栗色のショートヘアもフワッと舞い上がり、スノードームを揺らしたかのようにハラハラと元に戻った。
「はい」
「わっ、ちょっ」
「どしたの?」
思わず動揺してしまった俺に、彼女は首を傾げる。
いや、借りることになるとは思ってたけど、女子からヘッドホン借りるって何か変に緊張するな……前にも聞かせてもらったことあるけど、月居は何とも思わないのかな……。
「じゃあ、カメラのジャックに繋いで、と」
「お、キリ君今度はマイクやるのね」
キャストとの打ち合わせを終えた桜さんが、ヘッドホンをはめた俺の傍までやって来た。おもむろにマイクに顔を近づける。
「あ、あ、聞こえる?」
「…………き、聞こえます……」
動揺に体が耐え切れず、危うくヘナヘナと崩れ落ちるところだった。
囁いた小声がものすごくクリアに、そして立体感をもってヘッドホンから流れてくる。これはズルい。どんな女子相手でも、健全な男子高生がこれをやられたらイチコロだ。
「はい、じゃあ撮影いきます! カット83!」
そして何事もなかったように準備に入る桜さん。力の抜けていた俺も、慌てて竿を持ち上げて上から音を拾えるようにセットした。
「佳澄、和志、歩きながら台詞よろしくです。ようい、アクション!」
『ね、ここ歩くの久しぶりじゃない?』
『だな。よくこの公園で買い食いしてた』
うわ、すごい。2人はマイクから結構離れているけど、ヘッドホンからはっきり2人の声が聞こえる。そこに混じる微小な靴音までしっかりと。
なるほど、月居はこの音を聴いて、あまりにもノイズが大きかった時にNGを出してたんだな。これは音声担当しか気付かないNGだ。
和志が空になった桜さんの弁当ケースを受け取り、ゴミ袋にしまう。
「そうね、学校の中で着替えてもらおうかな」
「分かりました。じゃあみんなで行ってきます」
昼休憩は30分ほど。すぐに後半の撮影に向けて準備が始まる。
桜さんは、絵コンテを穴が開くほど見て、時折上を向いてジーッと空の一点を見つめていた。きっと頭の中で撮影していたんだろう。まさに「職人」って感じだな。
「お待たせしました」
移動できるように撮影機材をまとめたタイミングで、私服に着替えた3人が戻ってきた。
佳澄は青い花柄のワンピース、和志はTシャツに七分丈サマージャケット、陽菜はネイビーのオフショルダーブラウスに色落ちしたデニムのショートパンツ。
全員、「大学生っぽく見える服装で」とお願いしてたけど、これならばっちりだ。
「監督さん、メイクもこんな感じでいいですか?」
「アタシは結構派手めにしてみました!」
佳澄と陽菜の顔を見比べる桜さん。やがて、「何枚かだけね」とスマホでパシャッと写真を撮る。
「今ので大丈夫。後でこの写真送っておくから、次の撮影のときはそれ見ながらメイクして」
「確かに、カットごとに化粧濃かったり薄かったりすると変ですもんね」
口紅がつかないよう、佳澄は上手にクスッと口を押さえた。
「んじゃ、次の撮影場所に出発!」
颯士さんを先頭に、わらわらと7人で移動する。
15分ほど歩いて着いた先は、大きな通りから2本外れた、公園に面した道路。車がほぼ来ない往来のようで、撮影には持ってこいだった。
「ここでは2つのシーン撮ります! 佳澄と和志が並んで歩きながら話すシーン、あとは佳澄の妄想で陽菜と和志が歩くシーン。陽菜は初演技ね」
「うし! 頑張ります!」
ビターチョコ色の髪をポンポンと揺らしながら手をグーにして気合いを入れる陽菜。その横で、颯士さんに習ったのを思い出しながら機材を組み立てる。
「桐賀君」
「うおっ! びっくりした、月居か」
気配も感じないまま声をかけられて飛び上がると、彼女は「ごめんね、急に」と申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「音声、やってみない? さっきカメラやったでしょ?」
「え、いいのか? うん、教えてくれ」
こうして、次のカットでは音声をやれることになった。色々経験させてもらえるのは嬉しい。
「まずこのガンマイクを持って」
「これ、ガンマイクっていうのか?」
細長いマイクにスポンジを被せながら、月居がコクコクと頷く。
「普通のマイクより指向性が高いの。指向性っていうのは、マイクを向けた方向の音をどれだけはっきりと拾えるかってことね」
相変わらず顔はほぼ無表情のまま、饒舌になる。音声のことになるとたくさん話してくれる。本当に好きなんだな。
「普通のマイクだと360度周囲の音を拾っちゃうんだけど、ガンマイクは向けた先の音をピンポイントで拾うことができるの。だからこうして外でキャストの声を鮮明に拾いたいときに重宝するわ」
「そっか、だからこの竿に付けてギリギリまで近づけるんだな」
「そう、この竿はマイクブームって名前よ。で、あとは耳ね。ちゃんと音聴くためにはイヤホンよりヘッドホンの方がいいから、貸してあげる」
首にかけていたヘッドホンを頭上に持ち上げる。
イヤーパッドにくっついて柔らかそうな栗色のショートヘアもフワッと舞い上がり、スノードームを揺らしたかのようにハラハラと元に戻った。
「はい」
「わっ、ちょっ」
「どしたの?」
思わず動揺してしまった俺に、彼女は首を傾げる。
いや、借りることになるとは思ってたけど、女子からヘッドホン借りるって何か変に緊張するな……前にも聞かせてもらったことあるけど、月居は何とも思わないのかな……。
「じゃあ、カメラのジャックに繋いで、と」
「お、キリ君今度はマイクやるのね」
キャストとの打ち合わせを終えた桜さんが、ヘッドホンをはめた俺の傍までやって来た。おもむろにマイクに顔を近づける。
「あ、あ、聞こえる?」
「…………き、聞こえます……」
動揺に体が耐え切れず、危うくヘナヘナと崩れ落ちるところだった。
囁いた小声がものすごくクリアに、そして立体感をもってヘッドホンから流れてくる。これはズルい。どんな女子相手でも、健全な男子高生がこれをやられたらイチコロだ。
「はい、じゃあ撮影いきます! カット83!」
そして何事もなかったように準備に入る桜さん。力の抜けていた俺も、慌てて竿を持ち上げて上から音を拾えるようにセットした。
「佳澄、和志、歩きながら台詞よろしくです。ようい、アクション!」
『ね、ここ歩くの久しぶりじゃない?』
『だな。よくこの公園で買い食いしてた』
うわ、すごい。2人はマイクから結構離れているけど、ヘッドホンからはっきり2人の声が聞こえる。そこに混じる微小な靴音までしっかりと。
なるほど、月居はこの音を聴いて、あまりにもノイズが大きかった時にNGを出してたんだな。これは音声担当しか気付かないNGだ。