「今回のカットは、和志が助走をつけてジャンプするところだ。高いところの葉っぱにスパイク食らわせる感じだな」
「あー、やりますね俺も」
「みんなやるよな」
香坂に男子っぽい仕草を訊かれて教えてあげたんだ、と自慢げに話す颯士さん。なぜ男子は高いところに葉っぱがあるとジャンプアタックを決めてしまうのか……。
「で、三脚に持ち手が付いてるだろ? それを持って、和志の動きを左から右に追うんだ。三脚のネジを緩くして、水平に動かせるようになってる。高さはこれでいいからな」
触ってみると、僅かにネジを緩めてある。三脚の位置はそのままで、横方向に回せるようになっていた。
「ちなみにこの動きはパンっていうんだ」
「あ、絵コンテにも書いてありましたね。パンとかティルトとか」
「そう。水平方向に動かすのがパン、垂直つまり縦に動かすのがティルトだ」
すかさず絵コンテにメモする。専門用語を知るたびに、自分がこの世界に一歩踏み込んだ気になり、愛理に一歩近づいた気になる。
2年前の彼女にこんな形で執着するなんて、我ながら女々しいかもしれない。でも、「1日も忘れたことがない」とか、そんな無垢な話でもなくて。
ただ、彼女が映画を創るのが好きだったことを、たとえ他の人が忘れたとしても、俺くらいはずっと覚えていたいから。
「はい、それじゃアクションのリハです」
「やってみます!」
和志のリハーサルに合わせて、何度かパンを試してみる。
ただ取っ手をクイッとやるだけかと思いきや、相手のスピードを考えて動かさないと綺麗にフレームの真ん中に収まらない。これは難しい、颯士さんも苦労するわけだ。
「キリ君撮影、ソウ君がレフ板ね。ようい、アクション!」
走るテンポに合わせ、同じスピードでスーッとカメラを振る。そのままジャンプしたところでピタッと止めた。危ない、止める反動でブレるところだった。
「カット! モニターチェックね」
撮った映像を全員で見てみる。う……ん……悪くないと思うんだけど、どうかな……やっぱり颯士さんじゃないとダメかな……?
「オレはこれでいいと思う。葉介、グッジョブだな」
「そうね、うん、このカットはこれでオッケーです!」
「……っしゃっ!」
思わずガッツポーズ。一発オッケーは嬉しいけど、短いカットだから出来たんだと思う。きっと颯士さんが難易度を見て選んでくれたんだろう。
それより、撮ったカットが使われることが嬉しい。この映画に、自分がカメラを回したカットが入るんだ。ほんの数秒だけでも、俺が撮影したものが流れるんだ。そんな些細なことに、無性に感動してしまう。
「どうだ、葉介。カメラ、思ったより大変だろ」
「ですね。喋ってるシーンなら簡単ですけど、動いてるとなかなか」
「いやいや、喋ってるだけでもそんなに簡単じゃないんだぜ」
颯士さんは人差し指を曲げ、第一関節でスンッと鼻を擦る。
「絵コンテはざっくりした構図しか書いてないからな。佳澄が喋ってるのを撮るだけでも、腰まで撮った方がいいのか、バストショットがいいのか、アップがいいのか。あるいは香坂が描いてるのがベストとも限らない。手だけ映した方が感情が伝わることもある」
確かに、ドラマでも手だけ映して声だけ入ってるシーンがあるな。
「だからアイツに相談して、場合によっては構図変えたり、両パターン撮ったりすることもあるんだ。それがカメラの醍醐味だな。脚本の意図を映像で見せるっていう」
「そっか、桜さんの絵コンテから変えることもあるんですね」
「ああ、それを許してくれるのが我らが監督の良いところだな。他のチームじゃワンマンな人もいるって聞くし」
両手を頭の上に置き、こげ茶色の髪をペタンと潰しながら、彼は桜さんを見る。次のカットに向けて、佳澄や和志と打ち合わせしていた。
「全員でモニター見るのも香坂の提案なんだ。どこでもやってることじゃない。『最終的には自分が責任持って決めるけど、みんなからも意見聞いて、みんなが納得できるものにしたい。全員の作品だから』ってさ」
「……良い監督ですね」
俺のストレートな感想に、颯士さんは「ふはっ、だな!」と跳ねるように返事した。
「はい! じゃあ次のカットいきまーす」
桜さんの威勢のいい声が響く。よし、レフ板はこの向きで完璧だ。
「ようい、アクション!」
グウウウウウウウウウ
鳴った。何かの音が鳴った。スマホ?
いや、違う。俺は、俺だけが、その正体を知って——
「カット! キリ君、お腹鳴ってますよー!」
瞬間、6人の爆笑が聞こえる。うおおおおおお! 恥ずかしい! これは恥ずかしいぞ……!
「葉介、やるな! NG大賞は頂きだぞ!」
「うう、全然要りません……」
撮影のノイズって、バイクやパトカーや犬くらいかと思ってたけど、こんなのもあるのか……。やってみて初めて知ることばっかりだ。
「ごめんごめん、軽食持ってきてって言っておけば良かった。もう少しでお昼だから、頑張って!」
桜さんから個包装のクッキーを渡されて口に入れる。
「……あっ、美味しい」
「でしょ、私の今の一押し!」
災い転じて何とやら。お気に入りのお菓子が1つ増えたなら、空気を読まない自分のお腹にも感謝しなきゃ。
「あー、やりますね俺も」
「みんなやるよな」
香坂に男子っぽい仕草を訊かれて教えてあげたんだ、と自慢げに話す颯士さん。なぜ男子は高いところに葉っぱがあるとジャンプアタックを決めてしまうのか……。
「で、三脚に持ち手が付いてるだろ? それを持って、和志の動きを左から右に追うんだ。三脚のネジを緩くして、水平に動かせるようになってる。高さはこれでいいからな」
触ってみると、僅かにネジを緩めてある。三脚の位置はそのままで、横方向に回せるようになっていた。
「ちなみにこの動きはパンっていうんだ」
「あ、絵コンテにも書いてありましたね。パンとかティルトとか」
「そう。水平方向に動かすのがパン、垂直つまり縦に動かすのがティルトだ」
すかさず絵コンテにメモする。専門用語を知るたびに、自分がこの世界に一歩踏み込んだ気になり、愛理に一歩近づいた気になる。
2年前の彼女にこんな形で執着するなんて、我ながら女々しいかもしれない。でも、「1日も忘れたことがない」とか、そんな無垢な話でもなくて。
ただ、彼女が映画を創るのが好きだったことを、たとえ他の人が忘れたとしても、俺くらいはずっと覚えていたいから。
「はい、それじゃアクションのリハです」
「やってみます!」
和志のリハーサルに合わせて、何度かパンを試してみる。
ただ取っ手をクイッとやるだけかと思いきや、相手のスピードを考えて動かさないと綺麗にフレームの真ん中に収まらない。これは難しい、颯士さんも苦労するわけだ。
「キリ君撮影、ソウ君がレフ板ね。ようい、アクション!」
走るテンポに合わせ、同じスピードでスーッとカメラを振る。そのままジャンプしたところでピタッと止めた。危ない、止める反動でブレるところだった。
「カット! モニターチェックね」
撮った映像を全員で見てみる。う……ん……悪くないと思うんだけど、どうかな……やっぱり颯士さんじゃないとダメかな……?
「オレはこれでいいと思う。葉介、グッジョブだな」
「そうね、うん、このカットはこれでオッケーです!」
「……っしゃっ!」
思わずガッツポーズ。一発オッケーは嬉しいけど、短いカットだから出来たんだと思う。きっと颯士さんが難易度を見て選んでくれたんだろう。
それより、撮ったカットが使われることが嬉しい。この映画に、自分がカメラを回したカットが入るんだ。ほんの数秒だけでも、俺が撮影したものが流れるんだ。そんな些細なことに、無性に感動してしまう。
「どうだ、葉介。カメラ、思ったより大変だろ」
「ですね。喋ってるシーンなら簡単ですけど、動いてるとなかなか」
「いやいや、喋ってるだけでもそんなに簡単じゃないんだぜ」
颯士さんは人差し指を曲げ、第一関節でスンッと鼻を擦る。
「絵コンテはざっくりした構図しか書いてないからな。佳澄が喋ってるのを撮るだけでも、腰まで撮った方がいいのか、バストショットがいいのか、アップがいいのか。あるいは香坂が描いてるのがベストとも限らない。手だけ映した方が感情が伝わることもある」
確かに、ドラマでも手だけ映して声だけ入ってるシーンがあるな。
「だからアイツに相談して、場合によっては構図変えたり、両パターン撮ったりすることもあるんだ。それがカメラの醍醐味だな。脚本の意図を映像で見せるっていう」
「そっか、桜さんの絵コンテから変えることもあるんですね」
「ああ、それを許してくれるのが我らが監督の良いところだな。他のチームじゃワンマンな人もいるって聞くし」
両手を頭の上に置き、こげ茶色の髪をペタンと潰しながら、彼は桜さんを見る。次のカットに向けて、佳澄や和志と打ち合わせしていた。
「全員でモニター見るのも香坂の提案なんだ。どこでもやってることじゃない。『最終的には自分が責任持って決めるけど、みんなからも意見聞いて、みんなが納得できるものにしたい。全員の作品だから』ってさ」
「……良い監督ですね」
俺のストレートな感想に、颯士さんは「ふはっ、だな!」と跳ねるように返事した。
「はい! じゃあ次のカットいきまーす」
桜さんの威勢のいい声が響く。よし、レフ板はこの向きで完璧だ。
「ようい、アクション!」
グウウウウウウウウウ
鳴った。何かの音が鳴った。スマホ?
いや、違う。俺は、俺だけが、その正体を知って——
「カット! キリ君、お腹鳴ってますよー!」
瞬間、6人の爆笑が聞こえる。うおおおおおお! 恥ずかしい! これは恥ずかしいぞ……!
「葉介、やるな! NG大賞は頂きだぞ!」
「うう、全然要りません……」
撮影のノイズって、バイクやパトカーや犬くらいかと思ってたけど、こんなのもあるのか……。やってみて初めて知ることばっかりだ。
「ごめんごめん、軽食持ってきてって言っておけば良かった。もう少しでお昼だから、頑張って!」
桜さんから個包装のクッキーを渡されて口に入れる。
「……あっ、美味しい」
「でしょ、私の今の一押し!」
災い転じて何とやら。お気に入りのお菓子が1つ増えたなら、空気を読まない自分のお腹にも感謝しなきゃ。