「テイク2いきましょう。ようい……アクション!」

 和志が見ているかのような視点で、佳澄がくるっとカメラに向かって振り返る。

『はあ、和志は良いわよね。それなりに成績も良いみたいだし、受験が近づいてきたらぜひ先生役で教えていただたたたたた! はいごめんなさい!』
「はいドンマイ!」


 思いっきり噛んだ佳澄に、同じトーンで返す桜さん。全員がドッと沸く。突然の爆笑に、やや戸惑いながら合わせるよう顔面に愛想笑いを貼り付けた。


「……うん、これでこのカットはオッケーです!」
 テイク3、モニターを見た桜さんがグッとガッツポーズを作った。

 赤のTシャツに寄り添っていた髪をファサッと揺らし、大好きなテーマパークで遊んでいるかのように、体を震わせて嬉しそうに叫ぶ。

「あー、やっぱり撮影って面白いね! 全力のぶつかり合いって感じ!」



 その言葉に、俺は巨大なハンマーで殴られたような衝撃を受けた。


 そしてようやく、ようやく思い出した。いつもミスをしないと肝心なことに気づけない、俺はバカだ。


 なぜみんながこの映画の世界に入り込むのか。

 俺は脚本の時も同じようなことを思ったじゃないか。そして月居に(たしな)められたじゃないか。


『でもワタシは、ワタシ達は、こういう瑣末なことに高校生活を懸けてるの』


 カメラがちょっとズレてたり、演技がちょっとスムーズじゃなかったり。観客が気にしないかもしれないところまで作りこむ。そうすることで、「きっと見抜けない」の世界が本物になる。

 だからみんな、全力で自分のできることをやっている。颯士さんや月居だけじゃない、キャストの人だって。演技していない雪野さんまで演技のNGを出したりしてる。

 俺はどうだ。考え事をしてレフ板を傾けたり、注意されても周囲への恥ずかしさばかり気にしたり。


「演劇とは全然違ってて、面白いです!」
「カメラもこれから難しい動き増えるからな、気合い入れないと!」


 もう一度、鼻にかかる声で、愛理の言葉が脳内に蘇ってくる。


『いやあ、みんなでワイワイやるのが楽しいんだよ。葉介にもいつか味わってほしいなあ!』


 撮影は、色んな人が集まって、笑っちゃうような出来事がいっぱいあるから楽しいんだと思っていた。彼女は、そういうことを言ってるんだろうと思っていた。


 でもそれは違った。きっと、真剣に取り組むから楽しいんだ。テレビで見ていた撮影現場もそうに違いない。手を抜かずに徹底的にやるから、オッケーになったときの達成感があるんだ。休憩中にリラックスしておどけたり、ふとした台詞のミスが可笑しかったりするんだ。


 そして俺は、その楽しさをきっとまだ体験できていない。本気でやれていない。面白いことがないか、口を開けて待ってるだけで、言われるがままに準備を、照明を、モニターのチェックを、やらされていた。


 夢中になって、愛理が何を感じていたのか知りたいと思っていたのに。
 そうしたら、先へ行ける気がしていたのに。
 それがどうだ、今はこんな反省の念ばかり募らせている。



 1人取り残され、3人が楽しそうに脚本の話をしていたあの時とは、少し違う悔しさが胸の底に溜まる。

 みんなを見返したいとか、そんなことじゃない。
 愛理と、桜さん達と、同じ世界を見たい、という嫉妬にも似た強い想い。



 何も分かっていなかった自分に腹が立って、レフ板の枠でバシッと左手を殴った。