「はい、じゃあもう1回いきまーす!」

 そこからも、些末な部分でのNGを幾つも出しながら、撮影は進んでいった。

 NGを出すのは桜さんだけではない。颯士さんから「撮り直させてくれ」とお願いが入ることもあれば、月居から「外の鳥の声がちょっと被った」と報告が入ることもあった。もちろん、藤島さんや永田君がやり直しを要求することも。


「いやあ、キャストってホントに大変だよなあ」

 カット90から151・152、そして206と回想シーンのカットを飛び飛びで撮影している合間に、颯士さんがしみじみと感心する。

「架空のキャラクターを演じることがですか?」
「いや、切り替えだよ。映画の場合、ロケ地の都合で撮影順が決まるから、こうやって全然違う時間軸のカットを撮っていくだろ」

 確かに、ここでは高3→高1→高2と、それぞれ違う学年のシーンを演じている。

「2人の関係性って、この3年間でちょっとずつ変化してるから、それぞれ相手への話し方とか話す距離感を変えないといけない。それをスッと調整できるのはすごいと思うよ」
「なるほど……」

 考えもしなかったけど、言われてみれば1年生の2人と3年生の2人が同じ話し方をしてるわけがない。
 後々、双方が想い合うような仲だ。学年によって、その距離感を徐々に縮めて演技するのは、俺が想像しているよりずっと大変に違いない。

「あとな、葉介。架空のキャラクターってのは口にしない方がいい」
「え、何でですか?」
「ここにいる全員、佳澄や和志が実在すると思ってやろうとしてるからな。香坂も、キャストのことは役名でしか呼んでない」
「あ……」


 次のカットを撮影しながら思い返してみると、颯士さんの言う通りだった。
 桜さんはクランクインしてからずっと、藤島さん・永田君と呼んでいない。まだ撮影してない雪野さんのことさえ、陽菜と呼んでいた。



 なんで、なんでみんな、そんなにこの映画の世界に入り込むんだ? 時間がないことは分かってるんだから、小さいNGならスルーした方がいいのに。

 ずっと目が真剣で、笑いなんか起きそうになくて、俺がテレビで見ていた撮影風景と全然違う。あれはお茶の間に向けた作り物なのか?



 …………あれ? 俺、同じような疑問を少し前に持ってなかったっけ……?



「カット! キリ君、レフ板ずれてるよ!」

 ぐるぐると同じ場所を回る俺の思考を止めたのは、桜さんの怒ったような声だった。目の前のレフ板が、カチンコを鳴らしたときよりグッと下がっている。

「あ、と……すみません、ちょっと演技に見入っちゃって」
「もー、今度から気を付けてね。ずっとその姿勢でいると大変だと思うから、時々腕曲げたりして休めて」

 なんとか誤魔化し、もう一度構え直す。怒られてしまった。またどこかで、みんなからの印象良くしたいなあ。