「えっ、あっ、はい、どうぞ」
突然の出来事に、あたふたしながらスマホを渡す。脳内では必死に、見せられないような画像を保存していないか思い出していた。
「この山すごい! この川も綺麗だなあ」
桜さんが食い入るように画面を見つめた。もともと大きい目が更に大きくなって、夢中で写真を拡大している。高すぎずハスキーでもない、ちょうど良い高さの声。「ここも良いなあ」という言葉が、心地良く耳に吸い込まれていく。
「これ、どこ?」
「えっと、石名渓谷です。渓谷っていっても全然観光地じゃないし、人もいないですけどね。あ、それは家の近くにあったカフェの写真です。それは……川沿いにある公園ですね」
「そっか。うん、使えるかも」
右手をあごの下に当て、意味ありげな言葉を呟く。
もう集会室にはほとんど人がいない。いつの間にかクラスメイトの橋本も帰っていた。
「……あ、ごめん、挨拶してなかったね。3年の香坂桜です」
「2年の桐賀葉介です」
「桐賀君ね、よろしく」
美人に柔らかく微笑まれ、照れ隠しで首だけ動かして頷いた。
「石名渓谷ってなんとなく聞いたことあるなあ。結構遠くない?」
「いえ、うちの家からは近いんで、何回も行ってますよ。転校してきてちょっとだけ遠くなりましたけど」
「転校?」
「あー、えっと……ちょっと分かりづらいんですけど、今の家からこの渓谷を挟んでちょうど反対側くらいのところに住んでたんですよ。事情あって引っ越すことになったんですけど、通ってた高校に通学するのはちょっと厳しいって感じで。で、公立で欠員あったのここだけってことで去年の途中に転校してきたんです」
「そっか、じゃあ電車通学なんだ。趣味で色々巡ってるの?」
続けて質問してくる桜さん。暇人に見られたよな、と思いつつ、苦笑いしながら返す。
一つだけ、嘘を入れて。
「趣味というか、7月の夏休み直前に転校してきたんで、タイミング悪くて部活に入れなかったんですよね。で、漫画とか本とか音楽とか、家で楽しむのも飽きてくるんで、外で読んだり聴いたりしてみようかなって、散歩がてら色々回ってます」
部活に入れなかった、のくだりで、彼女はピクッと眉を上げた。
「アレコレ聞いてごめんね、学校から行けるような場所も回ってる?」
「そうですね、電車で行けるところなら割と」
「へえ、そっか」
桜さんは、なんだか満足そうに手で口を押さえる。
そしてしばらく考え込んだ後、手を離して「ねえ」と俺を見た。
「うちの部、入らない? 映画制作部なんだけど?」
「映画、制作部?」
恐ろしい偶然で彼女の口から飛び出した言葉に、胸がギリリと軋む。
彼女の、愛理の顔を思い出した。
「来月から撮影する予定なんだけど、ロケ地の候補が決まってなくてさ。こういう場所、いっぱい知ってる人がいると助かるんだ。どう、話だけでも聞いてくれない?」
そう言って、スマホを返してくれる。
部活に入っていない今も、学校生活はそれなりに楽しい。友達とファミレスでバカ話するし、ハマってるゲームもある。1人の散歩だって悪くない。
それでも時折、あの頃を思い出しては4月の雨の日のように少しだけ温度が下がる日常の中で、何かが動き出そうとしていた。
突然の出来事に、あたふたしながらスマホを渡す。脳内では必死に、見せられないような画像を保存していないか思い出していた。
「この山すごい! この川も綺麗だなあ」
桜さんが食い入るように画面を見つめた。もともと大きい目が更に大きくなって、夢中で写真を拡大している。高すぎずハスキーでもない、ちょうど良い高さの声。「ここも良いなあ」という言葉が、心地良く耳に吸い込まれていく。
「これ、どこ?」
「えっと、石名渓谷です。渓谷っていっても全然観光地じゃないし、人もいないですけどね。あ、それは家の近くにあったカフェの写真です。それは……川沿いにある公園ですね」
「そっか。うん、使えるかも」
右手をあごの下に当て、意味ありげな言葉を呟く。
もう集会室にはほとんど人がいない。いつの間にかクラスメイトの橋本も帰っていた。
「……あ、ごめん、挨拶してなかったね。3年の香坂桜です」
「2年の桐賀葉介です」
「桐賀君ね、よろしく」
美人に柔らかく微笑まれ、照れ隠しで首だけ動かして頷いた。
「石名渓谷ってなんとなく聞いたことあるなあ。結構遠くない?」
「いえ、うちの家からは近いんで、何回も行ってますよ。転校してきてちょっとだけ遠くなりましたけど」
「転校?」
「あー、えっと……ちょっと分かりづらいんですけど、今の家からこの渓谷を挟んでちょうど反対側くらいのところに住んでたんですよ。事情あって引っ越すことになったんですけど、通ってた高校に通学するのはちょっと厳しいって感じで。で、公立で欠員あったのここだけってことで去年の途中に転校してきたんです」
「そっか、じゃあ電車通学なんだ。趣味で色々巡ってるの?」
続けて質問してくる桜さん。暇人に見られたよな、と思いつつ、苦笑いしながら返す。
一つだけ、嘘を入れて。
「趣味というか、7月の夏休み直前に転校してきたんで、タイミング悪くて部活に入れなかったんですよね。で、漫画とか本とか音楽とか、家で楽しむのも飽きてくるんで、外で読んだり聴いたりしてみようかなって、散歩がてら色々回ってます」
部活に入れなかった、のくだりで、彼女はピクッと眉を上げた。
「アレコレ聞いてごめんね、学校から行けるような場所も回ってる?」
「そうですね、電車で行けるところなら割と」
「へえ、そっか」
桜さんは、なんだか満足そうに手で口を押さえる。
そしてしばらく考え込んだ後、手を離して「ねえ」と俺を見た。
「うちの部、入らない? 映画制作部なんだけど?」
「映画、制作部?」
恐ろしい偶然で彼女の口から飛び出した言葉に、胸がギリリと軋む。
彼女の、愛理の顔を思い出した。
「来月から撮影する予定なんだけど、ロケ地の候補が決まってなくてさ。こういう場所、いっぱい知ってる人がいると助かるんだ。どう、話だけでも聞いてくれない?」
そう言って、スマホを返してくれる。
部活に入っていない今も、学校生活はそれなりに楽しい。友達とファミレスでバカ話するし、ハマってるゲームもある。1人の散歩だって悪くない。
それでも時折、あの頃を思い出しては4月の雨の日のように少しだけ温度が下がる日常の中で、何かが動き出そうとしていた。