「……おはよう!」

 特に意味もなく、自分自身に向かって挨拶してみた。

 6月13日、土曜日。ピピピピとうるさかった時計を見ると6時、平日よりも早い時間。

 二度寝しないよう、起き上がってカーテンを開ける。黄色と白の混じったような朝日の光が目に飛び込んできて、昨日の天気予報が間違っていなかったことを教えてくれた。

 すぐにTシャツとジーンズに着替えて出発準備。リビングに行き、テレビをつける。旅番組でおいしそうな海鮮丼を食べているのを見ながら、調理時間1分の卵かけご飯。

「いってきまーす」

 親が起きるのなんて待っていられない。入園式を控えた3歳児みたいなワクワクを詰め込んで、玄関を飛び出した。


 ついに撮影だ。映画の撮影シーンとか、テレビで何度か見たことあるけど、オフショットとかワイワイはしゃいでて面白そうだったもんな。ドラマのNG集でも「ごめん、ミスっちゃったー」なんて言ってスタッフの爆笑も起きてたし。
 今日はずっと笑っていられる予感。1日目、張り切っていこう。



「おはようございます!」
「よお、葉介!」
「おはよう、桐賀君」

 学校に着いたのは、いつもの登校より早い8時。集合場所の正門で、撮影機材らしき道具を地面に置いて話していた颯士さんと月居に挨拶する。


 颯士さんは薄ベージュのポロシャツ。もともと180あるのに、カーキ色のチノパンが細身なので余計に足が長く見える。

 月居は7分丈くらいの黄色いダボッとしたTシャツ。下は俺と同じようなライトブルーのジーンズで、夏の女子高生って感じだ。

「あれ、桜さんはまだですか?」
「学校の中を見てくるってさ。そろそろ戻って——」
「キリ君、おはよう」

 爽やかな朝をそのまま音に乗せたような、快活な声が響く。監督が、正門に向かって走ってきた。

「おはようございます」
「キリ君、ただでさえ遠いのに、朝早いのごめんね」
「いえいえ、全然ですよ」

 ボタンで胸元まで留められるようになっている赤のプリントTシャツに、チェック模様がおしゃれなライトグレーのガウチョパンツ。明るいトーンの服装は、ギラギラとエネルギーを灯した目によく似合う。


「キャストは30分後に来るから、今のうちに予定確認するわよ」

 今日のスケジュールのおさらい。まずは学校で高校の回想シーンを撮ってから、外に出てメインの大学生のシーンを撮影する。

 移動含めて、17時過ぎまでぎっちり予定が入っている。今日で70カットくらい進めないといけないんだもんな、ハードになるわけだ。


「流れはこれでいいわね? じゃあ最初に撮る教室に行きましょう」
「あ、俺これ持ちますよ」

 スパイ道具でも入っていそうな銀色のアルミケースを肩から掛け、シューズロッカーに向かう。私服で学校に入るのは何か変な感じ。

「誰もいませんね」
「まあこの時間だしな」

 他の部活もそんなには来ないだろうな、と続ける颯士さん。防犯の関係で、休日に校舎に入るには事前に学校に申請しないといけない。「ヤバい、申請書!」と昨日の昼休みに慌てていた桜さんを思い出す。


「じゃあまずはここね」

 入ったのは3階、3年生の教室。桜さんのクラスらしい。そっか、いつもここで授業受けてるんだ。

 窓から近くの木が見えない光景は新鮮で、運動部は他の場所で練習試合でもしているのか、グラウンドは砂色のキャンバスのようだった。