「うん、脚本が20ページ、絵コンテが88ページ。どっちも冊子型にするにはちょうどいいわね」

 職員室の隣にある印刷室で、桜さんがブラウスの袖を(まく)る。大量に印刷することは、掛け持ちで全く顔を出さない幽霊顧問に許可を取っているらしい。

「スズちゃん、紙は用意した?」
「はい、A3を500枚」

 A3を半分に折ってA4の冊子にする。ってことは、A3にA4が4ページ分入るってことだな。

「部数は私達4名とキャスト3名、予備2部で計9部! 冊子型で真ん中にホチキス綴じ!」

 プリンターを操作してコピーモードにする颯士さん。でも勝手に出てくるならこんな狭いところに4人来なくても……

「よし、じゃあいくぞ。葉介、月居、ホチキスよろしくな」
「はい?」
「このプリンター、ホチキスが壊れてるんだよ。そこに中綴じ用のホチキスあるから、紙出てきたら折って真ん中でガッチャンしてくれ。紙のスピードに負けるなよ」

 何その雑用……でも、なんか燃えるじゃん。


「よし、月居、一部ずつ交代でやっていくぞ!」

 俺の提案に、彼女は静かに首を振る。祈るように両手を組んでグッグッと握っている。

「ホチキス1台しかないから、使いまわすのはタイムロスよ。ワタシが折る担当やるから、ホチキス担当お願いできる?」

 ふっふっふ……月居も本気でやる気だな!

「オッケー、俺が全力で綴じる。西部のガンマン並の速さと正確さを見てろよ」
「ふはっ、キリ君、ホチキスのガンマンって」

 桜さんが吹き出しながら「私も折るの一緒にやるわ」とプリンターの排出口近くに立った。

「よし、紙が詰まったりしたらオレが直すからな。全員気合い入れろよ。レディ……ゴー!」

 次の瞬間、この部活はちょっと変な人達の集まりに変わった。印刷するのにこんなに全力になってる高校生がいるだろうか。

「はい、桐賀君」
「サンキュ、月居!」
「キリ君、こっちも1部! ソウ君、そっちは?」
「そろそろもう1部印刷終わるぞ! 月居、取ってくれ!」

 でも、こうやってみんなでバカやるの、面白いな。
 愛理が言ってた、「みんなでワイワイやるのが楽しいんだよ」って、こういうことかな。



「よし、両方9部完成したな。時間は18時過ぎ……香坂、演劇部は?」

 印刷室にかかっている時計を見上げる颯士さんに、桜さんは出来上がった冊子をパラパラとチェックしながら「まだ間に合う、と思う」と返す。


「よし、オレと月居で印刷枚数の報告とか後片付けやっておく。葉介、それ持って香坂と一緒に行ってくれ」
「行くって、どこへですか?」
「演劇部の役者に渡すの。そろそろ解散かも、急ぐわよ」
「あ、ちょっと!」

 言うが早いか引き戸を開けて飛び出した桜さんを、計18部の冊子を抱えて追いかける。

 窓の外では太陽が、沈み始める前の最後の自己主張をしていた。オレンジの光線が廊下に差し込み、走っている2人のくっきりした影を作る。

「南校舎2階の東側、一番端っこ!」
 階段を駆け上がる彼女が、ちらと振り向いて上を指差した。

「分かりました。じゃあ先に行きます!」
「お願い!」

 声を掛け合いながら一段飛ばしで昇り、踊り場を過ぎて2階へ向かう。
 絵コンテ完成の時から溢れ続けているアドレナリンが、息急き駆けるスピードを緩めようとしなかった。



 愛理の一件で歩みを止めていたことが、少しずつ、でも確実に動き出している。部活に入ること、仲間と深く関わること、そして……。

 俺の中にあるイマジナリーラインを越えて前に進めたら、それはどんなに大きな変化で、どんなに嬉しいことで。



「失礼します! 急にすみません、映画制作部です! 週末からの撮影にキャストで出てもらえる3人の方、脚本と絵コンテ持ってきました!」

 ちょうど終わる前の片付けをしていた部室に滑り込み、「お待たせしました!」と冊子を渡す。それは正に、映画撮影の「役者が揃った」瞬間だった。