「ごめんねキリ君、待たせちゃって。何シーンか描けたわ」
「収穫あったなら良かったです。遠くまで来た甲斐ありましたね!」
「うん、イメージもついたし、後半のロケはここで決まりだね!」

 満足そうに頷く彼女に、俺は気になっていた質問をぶつけてみた。

「あの、脚本のアイディアってどうやって思いつくんですか? 漫才とかコントみたいに短くないから、そんな簡単に浮かばないんじゃないかなって」

 それを聞いた桜さんは目を見開く。そしてややあって、「ふふっ」と吹き出した。

「すごい偶然ね、その単語がセットで出るなんて。今回のきっかけはコントだよ」
「え?」

「勘違いのネタを見たんだよね。オフィスに泥棒が2人入ったんだけど、どっちも相手のこと警備員だと思ってるの。それ見て『笑いが作れるなら、悲しいのも作れるかなあ』って。で、悲恋なら書けそうだな、実はお互い好きってことにして……ってどんどん膨らんでいったのよ」


 驚いた。俺と同じようにテレビを見ていても、ただ笑うだけじゃなくて、創作に転化できる人もいる。

 それを人は簡単に「センス」と名付けるのだろうけど、この1週間だけでも彼女がどれだけ考え抜いてこの脚本を作ったか見てきたので、そんな単純な単語で片づける気にはなれなかった。きっと、いつもアンテナを張って、映画の種になるものはないか無意識に探しているのだろう。


「桜さん、映画作るの好きなんですね」

「うん、大好き」

 パッとこちらを振り向き、目をキュッと細める。その言葉に、目は瞬きを忘れ、口は呼吸を忘れる。心がグッと背伸びしたように揺れた。

「大変だし、絵コンテとか正直、心折れそうになるときもあるけど、みんなでこうやって新しいもの作りあげるの、一番の贅沢な趣味じゃないかと思うなあ」

 そうやって夢見心地のような表情で川を眺めている、映画制作部の部長。ひどく動揺してしまって、うまく返事ができなかったけど、こんな幸せそうな横顔を見られたなら、それも些末なことのような気がした。


「それじゃキリ君、もう少し案内してくれる? そうそう、佳澄が演劇の台詞を練習してるシーン撮りたいんだけど、人目に付きにくい場所とかあるかな?」
「ええ、ありますよ、ちょっと坂下るんで気を付けてくださいね」

 順に何箇所か案内していき、ロケハンは夕方前まで続いた。




「ふう……」

 ほぼ満月に近い丸い月が雲を()けて家々を照らす夜。ベッドで横になりながら、今日の出来事を思い返す。

 長い半日だったけど、部に貢献できたなら何よりだし、桜さんの映画に懸ける熱量や、制作の気遣いを知ることができたのも嬉しい。

 「大好き」と言っていた、あの顔を思い浮かべる。動悸が速いのは、うつ伏せで胸を押し付けているからではないだろう。


「どうしようかな、送るかな……」
 横になったまま、スマホを顔の前に置く。

 大した用もないのに送るのは変かな。いや、でもそんな風には思わないでくれるかな。


 散々迷った挙句、感謝と激励を伝えるために、LIMEをタップした。

『今日はありがとうございました! 絵コンテ、頑張ってください!』

 枕にスマホをバフッと置いて、ベッドから起き上がる。返事が来るまで宿題も手につかないし、夕飯を食べ始めて通知を見逃したくもない。ただただ、イヤホンから音楽を流して、意味もなく雑誌の広告ページを眺める。

 ちらちらとホーム画面をチェックする。短い振動に急いで覗き込むと、登録してるニュースの新着通知。無駄足を踏んだ鼓動に落ち着くよう言い聞かせて、また体勢を戻す。

 大したことを送っていないから大した返事が返ってくるわけでもないのに、不思議と緊張感が増幅する、どうしようもない一人相撲の時間。


 ブーッ


 しばらくしてふいに鳴ったバイブ音に、ビーチフラッグのように飛び起きる。

『こちらこそ、案内してくれてありがとう! ゆっくり休んで。また月曜日ね!』

 こんな30文字くらいの挨拶だけど、それだけで空っぽのカラフェに水を注いだように、心が満たされた。



 この感情の正体を、それが本物なのかを、確かめた方がいいのだろうかとも思うけど、それをするのはなんだか怖い。

 愛理に義理立てなんて考えたこともないけど、なんだかあの事故以来、前に進めていないのは確かで。


 でも、辞めていた部活をもう一度始めた。こっちで一歩踏み出せたなら、こっちも一歩踏み出せるのでは、なんて思考がぐるぐる回って、オーバーヒートの煙の代わりに一つ溜息をついた。