脚本の読み込みと修正を繰り返しているうちに、その日はすぐにやって来た。
6月6日、土曜日、13時過ぎ。雲もほとんどない快晴。
『石名渓谷 この先 3番バス乗り場より』
俺の家から電車で2つ、私鉄に乗り換えて2つ目の石名駅。3~4年ほど前に備え付けられた縦型の簡易自動改札にタッチし、貼り紙を見ながら小さな駅舎を出る。
駅前はタクシーとバス乗り場が幅を利かせるように広く陣取り、駅ビルはおろかチェーンの飲食店もない。オアシスと銘打たれた石造りの建築物が中央にあり、噴水はないものの、ちょろちょろと水が湧き出ていた。
「よし、予定通り」
この辺りは車生活が当たり前で利用者が少ないからか、私鉄は1時間に3本しか来ない。
待ち合わせ時間に間に合う電車の、更に1本前に乗ってきたので、20分間は余裕がある。電車で鉢合わせるとどうしていいか分からなくなりそうだったので、早めに来て心を落ち着かせることにした。
休憩用の青いベンチに座る。20分なんて、スマホでニュースを読んで、SNSを見て、脚本を読んでいればあっという間。リラックスする俺を、同類のように徒雲が覗いていた。
***
「キリ君、お待たせ!」
本当にすぐに時間が過ぎ、駅舎の前で待っていると、薄い水色に濃い青と白のドット柄のリュックを揺らし、桜さんが軽快な足取りで駆けてきた。
「あれ、早く着いてたの?」
「ええ、久しぶりに散歩したくなっ……て……」
しっかり考えておいた言い訳は、結局尻すぼみになる。私服の彼女が、日差しの当たるオアシスの水面に負けないくらい、綺麗に見えた。
細いフォントの英語がプリントされた薄いクリーム色のTシャツに、袖のところがダボッと太くなっているのがオシャレな白い長袖ブラウス。そして下は足首まである明るいベージュのチノパン。「虫がいると思うから長い方がいいですよ」とアドバイスした通りのコーディネートは、初夏を先取りしたような健康的な可愛さだった。
「じゃあ、バスで行きましょうか。案内しますね」
事前に時刻を調べておいたバスに乗り、そこから15分強。石名渓谷の入り口に着いた。
「うっわあ、素敵!」
濃淡様々な緑に覆われた標高の低い山々は、紅葉の時期にはジャムのように濃厚な赤と黄色に染まる。山の間に挟まれた川は下流らしく、緩やかなスピードで丸い石の間を縫うように流れていた。
山も標高500~600mのものばかりのうえ近くに温泉や歴史的な遺産がないためか、観光には力を入れていない。ハイキングコースもなければ川沿いの遊歩道もないから人もほとんどいないけど、その分撮影にはうってつけかもしれない。
「良いですよね、ここ。俺も気に入ってて」
「うん、これはいいね、何回も来たくなるの分かる。写真で見るより何倍も映像映えしそう!」
1~2ヶ月に1回くらいしか来てないから大した先達にはなれないけど、それでも俺の好きな場所を褒められるのは少しくすぐったいような気分になる。
「どこを見たいとかありますか?」
「とりあえず、キリ君がよく行ってる場所、一通り教えてほしいな」
こうして、山の中腹くらいまで登り、撮影スペースの取れそうな休憩地点がある場所から、徐々に下へと案内していく。
「ここからだと一応川も見渡せますね」
「山の木々も川も両方フレームに収まりそうね。でもちょっと川が小さいかな……もう少し下のほうで同じように川が見えるところはある?」
「はい、同じような休憩地点があるんで、行ってみましょう」
何箇所か回り、その都度桜さんはじっくり角度を考えながら写真を撮っていった。
6月6日、土曜日、13時過ぎ。雲もほとんどない快晴。
『石名渓谷 この先 3番バス乗り場より』
俺の家から電車で2つ、私鉄に乗り換えて2つ目の石名駅。3~4年ほど前に備え付けられた縦型の簡易自動改札にタッチし、貼り紙を見ながら小さな駅舎を出る。
駅前はタクシーとバス乗り場が幅を利かせるように広く陣取り、駅ビルはおろかチェーンの飲食店もない。オアシスと銘打たれた石造りの建築物が中央にあり、噴水はないものの、ちょろちょろと水が湧き出ていた。
「よし、予定通り」
この辺りは車生活が当たり前で利用者が少ないからか、私鉄は1時間に3本しか来ない。
待ち合わせ時間に間に合う電車の、更に1本前に乗ってきたので、20分間は余裕がある。電車で鉢合わせるとどうしていいか分からなくなりそうだったので、早めに来て心を落ち着かせることにした。
休憩用の青いベンチに座る。20分なんて、スマホでニュースを読んで、SNSを見て、脚本を読んでいればあっという間。リラックスする俺を、同類のように徒雲が覗いていた。
***
「キリ君、お待たせ!」
本当にすぐに時間が過ぎ、駅舎の前で待っていると、薄い水色に濃い青と白のドット柄のリュックを揺らし、桜さんが軽快な足取りで駆けてきた。
「あれ、早く着いてたの?」
「ええ、久しぶりに散歩したくなっ……て……」
しっかり考えておいた言い訳は、結局尻すぼみになる。私服の彼女が、日差しの当たるオアシスの水面に負けないくらい、綺麗に見えた。
細いフォントの英語がプリントされた薄いクリーム色のTシャツに、袖のところがダボッと太くなっているのがオシャレな白い長袖ブラウス。そして下は足首まである明るいベージュのチノパン。「虫がいると思うから長い方がいいですよ」とアドバイスした通りのコーディネートは、初夏を先取りしたような健康的な可愛さだった。
「じゃあ、バスで行きましょうか。案内しますね」
事前に時刻を調べておいたバスに乗り、そこから15分強。石名渓谷の入り口に着いた。
「うっわあ、素敵!」
濃淡様々な緑に覆われた標高の低い山々は、紅葉の時期にはジャムのように濃厚な赤と黄色に染まる。山の間に挟まれた川は下流らしく、緩やかなスピードで丸い石の間を縫うように流れていた。
山も標高500~600mのものばかりのうえ近くに温泉や歴史的な遺産がないためか、観光には力を入れていない。ハイキングコースもなければ川沿いの遊歩道もないから人もほとんどいないけど、その分撮影にはうってつけかもしれない。
「良いですよね、ここ。俺も気に入ってて」
「うん、これはいいね、何回も来たくなるの分かる。写真で見るより何倍も映像映えしそう!」
1~2ヶ月に1回くらいしか来てないから大した先達にはなれないけど、それでも俺の好きな場所を褒められるのは少しくすぐったいような気分になる。
「どこを見たいとかありますか?」
「とりあえず、キリ君がよく行ってる場所、一通り教えてほしいな」
こうして、山の中腹くらいまで登り、撮影スペースの取れそうな休憩地点がある場所から、徐々に下へと案内していく。
「ここからだと一応川も見渡せますね」
「山の木々も川も両方フレームに収まりそうね。でもちょっと川が小さいかな……もう少し下のほうで同じように川が見えるところはある?」
「はい、同じような休憩地点があるんで、行ってみましょう」
何箇所か回り、その都度桜さんはじっくり角度を考えながら写真を撮っていった。