「よし、今日はいったん解散しましょう。私は少し神経休めるわ。各自読んでもらって、明日修正のポイントを聞けると嬉しいな」
「ああ、オレも帰って何度か読み返してみるよ」
「ワタシも読み込んでみます」

 桜さんが広げていた脚本の束を彼女と一緒にまとめる月居。その途中で「そうだ」と手を止めた。

「幾つかSE使いそうな部分ありましたよね。今日から少しずつ候補探し始めますね」
「ありがと、スズちゃん。音のことは全部安心して任せられるわ。あ、キリ君も良かったら一緒にやってみない?」

 急に矛先を向けられ「俺ですか?」と早口で返す。

「そう。映画の仕事初体験ってことで」
「ん、分かりました」

 月居と2人というのは不安の種だったものの、せっかくの機会なのでやってみることに。

「じゃあ、また明日ね」

 両先輩が帰った後すぐ、月居は淡々と説明し始めた。

「脚本に『街の雑踏』とか『鳥』とかあったでしょ。こういうのはSE、効果音が入るの。もちろん、現場の音声をそのまま録音してもいいんだけど、監督のイメージ通りの音が入るかは分からないし、それこそ鳥の声なんて狙って録れるものじゃない。だから音を後から足して、より臨場感を出すの」
「なるほどな」

 音か。全然考えたことなかったけど、臨場感を高めるためには結構大事だよな。

「じゃあ始めは……ちょうどさっきまで聴いてたからセミの声にしよっか」
 そう言って脚本を捲り、一番始めを指差す。

「佳澄と和志が街で待ち合わせするところ。ここに一番合いそうなセミの声を探すわ」
「わ、分かった」

 スマホのイヤホンを差すジャックに、2つそれぞれがマグカップ大のステレオスピーカーの線を差し込む月居。そして画面を操作し始めた。


「順番に聴いていくわよ。まずはミンミンゼミ1から」

「…………ミンミンゼミ1?」

 彼女がトンッとタップすると、スピーカーが目を覚ます。


 ミーンミンミンミン! ミーンミンミンミンミン!


 外ではやや勢いの弱まった糸雨が降る中、2分近く部室に大ボリュームで流れるセミの声。
「順番に流れていくわよ。次はミンミンゼミ2ね」


 ミミミーンミンミンミミーン! ミンミンミミミーン!


 さっきよりセミの数が増えている。それ以外に違いはないけど、またもや結構な時間鳴いている。

「え、あの、月居、これって——」
「シッ、静かに。次はアブラゼミ1よ」


 ジージージージー! ジリジリジリ!


 ジッと目を瞑って浸っている月居。だんだんうるさくなってきたので、早くどこぞの虫捕り少年に捕まえにきてほしい。

 (かしま)しい鳴き声を聞きながら、俺の中には既に1つの結論が練られていた。


 これ、正直、何でもよくないか? どれも夏っぽいし、セミの違いだけだよな? 挙句に同じセミの鳴き声違いまであるし。映画見てる人は、そんな細かいところまで気にかけないだろう。少なくとも俺は、気にしたことはない。