信尹は一呼吸おいてから、

「そのような姫にも実は言い交わした者があり、その者は今のままの姿でも心が美しければ良いと申しております」

 秀吉はうなずいた。

「それでも殿下が側室にと望まれるならば、お沙汰のままに従う所存にございます」

 そこへ。

「聞こえました」

 あらわれたのはおねである。

 驚いた秀吉は、

(まん)かか、何しに来た」

 と思わず尾張弁が出た。

「おみゃあさんが左大臣さまに理窟の通らんわがまま言うとるで、たしなめに来たがね」

 おねは信尹のそばに座ると、

「左大臣さま、うちのたわけ者の悋気をどうか、この通り」

 と手をついて、平謝りをしたのである。

「北政所さま、どうかお手をお上げ下されませ」

 逆に信尹が恐縮したが、

「もとをただせば、あてにならない人の噂を真に受けたうちのたわけ者のせいで、左大臣さまや姫さまにどえりゃあご迷惑をおかけしたのがきっかけだで」

 おねは秀吉を睨み付けた。

 秀吉はさらに小さくなって、青菜に塩を振ったようにうなだれている。

「相手がいるならその人と夫婦(めおと)になったほうがえぇに決まっとるがね」

 この一言で、秀吉の懸想は失恋で終わった…と言っていい。