おばあさんに促されて、「お、おお。そうだな」と慌てておじいさんはそう言うと、豪快にマフィンを齧る。――すると。


「おいしい?」


 おばあさんは、おじいさんに向かってそう尋ねたのだ。柔和な笑みを浮かべながら。初めて見る彼女のいきいきとした表情だったが、どこかで見覚えがある。

 ――ああ、そうか。

 おじいさんの顔にそっくりなんだ。彼が彼女を見る時の愛しそうな瞳と、まったく同じだったんだ。


「ああ、おいしいよ……」

「そう? よかったわ。――隆俊さん」


 おばあさんにそう言われた次の瞬間、おじいさんの瞳から一筋の涙が零れる。そのあとは、とめどなく流れ出て行った。

 そして泣きながら彼は微笑んで、妻と分かち合ったマフィンを頬張る。ふたりは見つめあいながら、嬉しそうにそれを食べ続けた。

 私と紫月は、そんなふたりを前に、顔を見合わせて無言で微笑み合ったのだった。





「偶然かもしれないけど、おじいさんがおばあさんの名前を呼んでくれてよかった!」


 おじいさんの家を出て、紫月と並んで歩き神社への帰路に就く私。

 あの後、おじいさんには泣きながら何度もお礼を言われた。おばあさんは「どちら様?」と言いながらも、ニコニコと私たちを見ていた。

 でも、私はただ家にあった材料でチョコチップマフィンを作っただけだ。たまたまおばあさんがおじいさんの記憶を一時的に取り戻すきっかけにはなったかもしれないけれど、そこまで感謝感激されるようなことをしているつもりはない。