彼女のレシピがないので、材料の配分や焼き時間などはどうしても異なってしまっているだろう。おじいさん好みの味ではないかもしれない。

 しかし、彼はゆっくりとかぶりを振った。


「いいんだよ、味の違いなんて。私はこのお菓子を妻と食べる、という状況だけで何よりも嬉しいのだから」


 しみじみと、おばあさんの方を見つめながら言った。

 本当にこの方は、自分の伴侶を深く愛しているんだなと感じた。きっと、私が生まれるよりも遠い昔から、ずっと。

 そんな相手に出会えたことが羨ましく思えた。しかし、そんな相手に忘却されてしまうことは、どんなに辛いことなのだろう。きっと私の想像は遠く及ばない。


「俺の陽葵の作った物なのだから、味は最高に決まっているさ。とりあえず、みんなで食すとしよう」


 紫月にそう言われ、おじいさんに「いつもこのお皿を使っていたんだ」と説明された白いプレートを四つ出し、その上にひとつずつマフィンを乗せていく。また、おばあさんが好きだった紅茶の茶葉が残っていたので、ティーカップに入れて添えた。

 そして四人でダイニングテーブルにつき――。


『いただきます!』


 合掌しながら声を揃えて言った。おばあさんは瞬きしながら、マフィンをただぼんやりと見つめていただけだったが。


「やはり……うまい! サクサクの生地にチョコレートの甘苦さが絶妙に合っているな!」

「本当だ! おいしいよ、お嬢さん。妻が作った物とはやはり味は少し違うが、負けず劣らず素晴らしい味だ。お店で売っているお菓子みたいだね!」

「そ、そうですか? ふたりとも、ありがとう」