「え……」


 そういえばさっき、この状況がやけに楽しいなあと思ったばかりだ。大叔父さんと一緒に料理しているときも似たような気持ちになったけれど、あの時よりもどこかくすぐったいような、気恥ずかしいような。

 もしかして私も、この状況に新婚感を少しだけ抱いてしまったのかも……。いやいや、違うでしょ。私はお金が溜まったらこの人とお別れするんだから。


「と、とにかく! 次はペーキングパウダーを混ぜて、ふるいにかけてください!」

「……ふ。承知した」


 紫月のからかいを毅然とスルーしたつもりだったのに、照れ隠しがばれていたのか、彼はおかしそうに私を見てから作業を始めた。

 ――なんか悔しい気分。でも、不思議とそこまで不快な感情はなかった。

 そんな感じで、紫月のよくわからない愛の言葉におじいさんが頷いたり、私が華麗に流したりしながらも、チョコチップマフィンが焼き上がった。紫月の神通力は、不思議に思われてしまうため今回は使わなかった。

 オーブンから出すと、甘く香ばしい香りが室内中に漂った。ほんのりと茶色に染まった生地から、チョコチップが見え隠れしている様子に、思わず味の想像をしてしまった私の口内に唾が溜まる。


「おお……。すごいね! 妻が作ってくれていたものに、そっくりだ……!」


 おじいさんはマジマジとマフィンを眺めながら、感嘆の声を上げる。上手に焼き上げることができた私は、まずは一安心だ。


「そうですか? よかったです。味の方は、おばあさんの物とは違うかもしれませんか……」