そういうわけで、おじいさんにはおばあさんの様子を見てもらうことにし、私は紫月と並んでキッチンに立った。

 幸い、以前におばあさんが買っていたらしい材料が一通り揃っていた。賞味期限はギリギリだったけれど。しかし、すぐに作り始めることができるのはよかった。


「紫月。まずはこれをよく混ぜてくれる?」

「承知した」


 柔らかくしたバターと上白糖を入れたボウルとゴムベラを紫月に手渡す。その間に私は、卵と牛乳を少しずつ混ぜることにした。


「丁寧にしっかり混ぜてね。混ぜ具合で味がまったく違う物になってしまうから」

「……なるほど。これは琥珀が苦手とするわけだ。かなり精密さが必要とされる作業なのだな」


 紫月は苦笑を浮かべながら言う。――そうだった。神様やその使いは感覚派だから、お菓子作りのようなきっちりとした作業は苦手なんだっけ。

 不得意なことをお願いして申し訳なかったかなあと思った私だったけれど、紫月の手元を見てそんな考えが消える。


「あれ。紫月、上手じゃない……」


 紫月は、慎重そうにゴムベラを動かしていた。ボウルの中のバターと上白糖が、きれいに混ざっていく。


「愛する陽葵のお願いだからな。渾身の力を込めて混ぜている」
 
「え、えーと……。うん、とにかくありがとう。じゃあ次は薄力粉を百三十グラム計ってくれるかな?」


 愛する陽葵とか言われて、いちいちドキドキしてしまうけど、そんなことで集中力を切らしている場合じゃないので軽く受け流して私は次の作業を指示する。


「うむ、承知した」