おばあさんは、おじいさんのことを心のどこかで覚えている。きっとさっきも、彼の好物であるチョコチップマフィンを作ろうとしてふるいを持っていたんだ。

 そう思いついた私に、紫月が感心したようにこう言った。


「ほう、なるほど。では陽葵が作ってみてはどうだ?」

「え?」

「陽葵はお菓子作りが得意だろう。そのチョコチップマフィンとやらを作れば、何か状況が変わるかもしれんぞ」


 確かにマフィンは何回も作ったことがあるから、私が作れないこともない。だけど私はおばあさんではないし、きっと同じ味にはならないと思う。私が作ったところで、何か変わるのかな?

 と、思った私だったけれど。


「……お嬢さん。私からもぜひお願いしたい」


 おじいさんが、神妙な顔をして言う。


「え?」

「もう一度妻と、昔のようにあの手作りのおいしいお菓子を食べたいのだよ。作れるのなら、是非頼みたい」


 ちらりとおばあさんの方を一瞥した後、おじいさんは静かな声で言った。

 ――私はお菓子を作ることくらいしかできない。おじいさんのお願いを叶える能力なんてきっとない。

 でも、今私ができることを求められている。だったらそれをとにかくやるしかない。


「わかりました。作りましょう」


 決心して私が言うと、その隣に紫月が立ち、超然とした笑みを浮かべた。


「俺も手伝おう」

「ほんと? ありがとう!」


 お菓子作りは結構力のいる作業だ。手伝いの手があるのなら、その分早く完成させられる。