そう言って、車いすを再び押し始めるおじいさん。私は彼に向かって励ましになるようなことを言おうとしたけれど、何も思いつかず口を引き結ぶ。

 やっぱり私みたいな小娘がなんとかできるような、簡単な話じゃないんだ。……紫月の言う通りだ。人間には抗えない老化、寿命がある。頑張ってもどうすることもできないことが、あるのかもしれない。

 でも本当に、何もできないのかな……。

 遠ざかっていく車いすをぼんやりと眺めながら、悲しい気持ちになっていた――その時だった。


「……っ!」


 急に呼吸が苦しくなり、私は声にならない声をあげた。何者かによって、背後からきつく首が絞められている。

 ――何!? 急に一体なんなの!?

 足をばたつかせたり、手を振り回したりして必死に抵抗する。しかし、私の首を締め上げる力はどんどん強くなっていくばかり。

 だんだん意識が朦朧としてきた。視界も黒ずんでくる。


「夜羽さまのために……。紫月の嫁は必ず奪う……」


 おどろおどろしい声が、耳元で響いた。

 ――夜羽って誰のこと……? なんなの。私、このまま死ぬの……?

 しかし、私が自分の命を諦めかけた、まさにその時だった。


「貴様……! 陽葵っ!」


 いつも涼しげに喋るあの人の、珍しく狼狽した声が聞こえてきた。その数瞬後に、首の拘束が解かれて私は地面に膝をつく。

 ごほっごほっと、へたり込んでせき込みながらも、必死に呼吸する私。だんだんと、薄れかけていた意識がはっきりとしてきた。その間ずっと、背中を優しくさすってくれる手の感触を感じていた。