おじいさんは、私に向かって朗らかに微笑む。


「いえ……。お散歩ですか?」

「ああ。家の中に閉じ込めておくのは、かわいそうだからね」

「そうなんですか……。車いすを押してのお散歩は、大変そうですね」


 何て言ったらいいか分からず、無難なことしか言葉に出せない私。こんなんでこの人の力になれるわけないのに。自分の傲慢さが、恥ずかしくなる。

 ――しかし。


「妻は認知症でね。私のことをヘルパーや看護師だと思っているようだ。……息子だったり、父親だったりという場合もあるけれど」


 おじいさんは、悲し気に微笑みながら身の上を語り出した。誰かに聞いてほしかったんだろうか。私は黙って耳を傾けることにする。


「少し前までは一緒に旅行に行ったり、家でテレビを見たり、他愛もないことで笑い合えたりしたのだがね……。今では身の回りのこともほとんどできなくなってしまった。それなのに家では台所に立って覚束ない手で料理を始めようとするから、危なくって目が離せないんだよ」

「……そうなんですね」

「もう一度、私のことを思い出してくれないだろうか」


 じっと愛する伴侶を見つめて、静かにおじいさんは言った。しかしおばあさんは、無表情で虚空を眺めるだけだった。

 するとおじいさんは、ハッとしたような顔をして、私に微笑みかける。


「すまないね。通りすがりの若い君に、こんな暗い話をしてしまって」

「――いえ」

「今日は本当にありがとう。助かったよ」