神にすがりたくなるほどの強い願いと、それを叶えるためにするべきことを提示する紫月。

 なんだか他人の人生を少し垣間見れる気がするのだ。強面の男性が家族思いの優しい人間だったり、不良少年が一途に恋をしていたりするシーンを見ると、私にとっては通りすがりでしかない人にも、それぞれにそれぞれの長い人生があるんだなと思わされてしまう。

 まあ、穏和そうな美人が、恋敵を陥れたいと願った時は、ちょっとびっくりしてしまったけれど。

 ちなみに、紫月は他人を不幸にする願いや私利私欲に満ちた願いに、道を示すことはしなかった。「そういうのは、願いではなく呪いの範疇だからね」と軽く笑って言っていた。

 紫月は、人間に努力の道筋を提示して、その手に願いを掴ませようとしている。彼の示す道は、私の中の道徳と限りなく近しい内容だった。

 この前見たような、出会いが欲しいと言った男性にもっと仕事を頑張れと示したり、恋を叶えたいと願った少年には人に優しくしなさいと導いたり。

 だから私は、紫月が人間の願いを聞く場面が、とても好きだったんだ。

 紫月のあとを追って境内につくと、そこにはすでに参拝客がいた。高齢の男性で、恐らく八十代だろう。身なりにはとても気は使っているようで、シャツもズボンも皺がなくきっちりと着こなしている。清潔感のある、穏和そうなおじいさんだった。


「……お願いします。妻ともう一度だけ……もう一度だけでいいんです。昔のように話をさせてください」


 必死に懇願する様に、目頭が熱くなる。彼の妻は、もう亡くなってしまったんだろうか。