すると男性は目を開けて、満足げに微笑んだ。


「……よし。なんだかやる気が出てきたぞ!」


 そう独り言ちて、紫月に向かって一礼をすると、彼は軽やかな足取りで境内を去っていった。


「陽葵、おはよう」


 傍らで一部始終を眺めていた私に向かって、紫月が話しかけていた。朝からキラキラと、その形の良い瞳を輝かせている。一方で私は、寝起きのすっぴん顔だったので、少し恥ずかしくなってしまった。


「お、おはよう」

「愛する人から朝の挨拶をされるなんて、嬉しいことこの上ない。今日も最高に愛らしいな、陽葵は」

「いや、あの……」


 たぶんそこまで絶賛されるほどのかわいい顔ではないし、そんなことを言われていない私は口ごもってしまう。


「そ、そんなことより。さっきの人間の男の人、参拝客だよね」


 だから話を別な方向に逸らすことにした。


「ああ、そうだな」

「お願いをしに来たみたいだけど、願いを叶えてあげるって感じじゃなかったね」


 紫月はあの人間に、「もっと普段の行いを頑張りなさいよ」というようなことを言っていた。神様なんだから、神社を出たら女性とぶつかって運命の出会い……みたいなことくらいできそうなのに。


「俺たちはただやみくもに願いを叶えるようなことはしないよ。人間のためにならないからな。その願いが叶うような、努力の道筋を導いてあげるだけだ。先ほどの私の言葉もあの男性にそのまま聞こえているわけではないが、心の奥深くに伝わっているのだよ」

「へえ……」