私、本当にここに御厄介になるんだ……と、昨日からの非現実的な出来事を噛みしめながらも、廊下を進む。そして屋敷の玄関に置いてあった草履を履いて境内へと歩んだ。

 紫月は、お賽銭箱の奥のご神体の前にひとり佇んでいた。彼の正面には、両手を合わせて神に祈っている人間の男性の姿がある。

 確か昨日、普通の人間にはここは寂れた小さな神社に見えるのだと千代丸くんが言っていた。祈りを捧げている男性にはきっと、私が以前から知っている潮月神社の姿が見えているのだろう。

 紫月の姿も、きっと彼の目には映っていないのだろう。私が彼の近くに歩み寄ってもまったく反応しないので、きっと私の姿も。

 ただの人間である私だけれど、今は紫月側の立場っていうことか。


「出会いが全然ありません。どうかどうか、いい人に会わせてください」


 二十代後半か、三十代前半に見えるその男性は、とても切実そうにそう願っていた。この辺はド田舎で若い人が少ないから、そりゃ出会いもないよね……と、心中お察しする私。

 このお願いを、紫月は叶えてあげるのかな?と彼の方を見てみる。彼は、温和そうな笑みを浮かべて男性を見据えていた。

 ――すると。


『仕事に精を出し、今まで以上に頑張ることだ。真面目な君のことを見てくれる女性は、必ず現れる』


 紫月の朗々たる声が響いてきた。彼が直接口から発したのではなかった。頭の中にそのまま響いてくるような、まさに神のお告げのように私の心に届いた。

 でもきっと、人間の男性には届いていないよね? 神様の声なんていきなり聞こえたら、事情の知らない人はびっくりしちゃうし。