「えっ……⁉」


 確かにさっき親族の前で婚礼だの結婚だの、そういう話をしたけれど。あの場から逃れるための方便だと私は思い込んでいた。


「あ、あれは私の親戚たちを黙らせる嘘じゃなかったんですか⁉」

「本気だが? 君も結婚する!と啖呵を切っていたじゃないか」

「それは……言いましたけど!」

「抱擁も受け入れてくれたし。てっきり了承したのかと」

「あ、あんなにいきなり抱きしめられて、逃げられるわけないじゃないですか!」


 私がそう言うと、彼はくくっと喉の奥で笑った。


「なるほど、それもそうだ。確かに少し急だったかもしれないね。考えを改めるとしよう」


 その一言にほっと安堵する。

 昨日会ったばかりの人だ。まだ恋愛関係でもないのに、結婚だの婚礼だの、十代の私にはあまりにも性急過ぎる。

 すると不意に、私の頬を紫月さんが優しく包み込んだ。撫でるように急に触れられてしまい、私は硬直する。


「だが俺は君……陽葵を本気で娶りたいと思っている。そのことは肝に銘じておいてくれ」


 どこか切なさを帯びた瞳でまっすぐと見つめられ、ゆっくりと彼は言った。ふざけている気配はない。本気で、心からそう思って、彼は言葉を紡いでいる。


「え……あ、あの?」


 いきなりの、ほぼプロポーズに面食らってしまう。しかしそんな私には構わずに、紫月さんは私の手を握って再び歩き出した。


「とにかく君は行くところがないのだから、俺の屋敷に来るがよいさ。とりあえずは俺の婚約者ということにしておくから」