「まさか、覚えていないのか」

「何をですか?」

「そこまで俺は力を失っていたというのか……。なるほど。君が来てくれなくなったわけだ」

「……?」


 まったく意味の分からないことを立て続けに言われる。だけど、彼には彼なりの道理があるように見えた。決して適当なことを言っている風ではない。


「あの、ちょっと意味が」

「いや、なんでもないさ。まあ深いことは考えないでくれ。君の大叔父殿にも言われていたんだ。『俺がいなくなったらこの子には身寄りがなくなるんだ。よろしく頼むぞ』ってな」


 なんでもない、で片付けられるようなことではないような気がしたけれど、話の後半部分がとても納得のいく内容だったので、追及の優先度が下がる。

 大叔父さんは家族とは疎遠だったけれど、近所の人や常連さんたちには深く慕われていた。中には血よりも濃い付き合いをしていた人たちもいたようで、今日の四十九日の法要にも、たくさんの人が彼の死を忍んでいた。

 だから、大叔父さんが親族ではない誰かに私のことを言づけていても、不思議はなかった。


「なるほど、そういうことだったんですね」

「俺の名前は紫月(しづき)。今から行くのは、俺の屋敷だ。従者の者もたくさんいるから、君も不自由なく暮らせるはずだ」

「屋敷、従者……」


 庶民の口からはなかなか出てこないような単語が次々と飛び出し、気後れしてしまう。やっと彼の名前は分かったものの、親族でもない私がいきなり御厄介になっていいのだろうか。


「あ、あの。ご迷惑ではないでしょうか……」

「迷惑? なぜだ? 俺の妻なのだから、そんなこと思うわけないじゃないか」