「……ここにいても仕方ないだろう?」


 まごついている私に、そっと耳打ちする。真剣な声音だったので、幾分か正気に戻された。

 ――そうだ。私はこの家を追い出されることになったんだ。出ていきたくないって泣いて喚いたところで、芳江さんたちが私の心を汲んでくれるはずはない。

 彼がどこに連れて行こうとしているかは分からない。彼の素性すら知らない。――だけど。

 きっと、親戚一同に蔑まれるしかないこの空間よりは、絶対にいい場所には違いない。


「――わかりました。行きましょう」


 意を決してそう言うと、彼はにやりと微笑んだ。

 そしてそのまま、いまだに呆気に取られている親族たちを置き去りに、私は彼の手に引っ張られながらこの家を出た。

 ――思い出のたくさん詰まった、大叔父さんの家。両親を失ってふさぎ込んでいる私に、おいしいケーキやプリンを食べさせて元気にしてくれた優しい大叔父さん。

 さようなら。今までありがとう。

 大叔父さんの死後、ずっとぼんやりとした白昼夢の中にいるような気分だった。だけどこの時初めて、私は彼の死にしっかりと向き合えた気がした。





 私の手を握ったまま、少し早めの速度で歩いていく彼。潮の香りが徐々に濃くなってきた。海岸の方へ向かっている。

 大叔父さんの家は、海岸から一キロほど離れた場所に建てられていた。十三年前の、私も巻き込まれた大地震による津波では、ぎりぎり被害を免れた地域だ。

 確かこの先は、地元の人くらいしか行かない寂れた神社のある方だったっけ……。