「……すまなかったな」


 月湖さんの言葉に乗せるように、小声でぼそりと夜羽が言った。夜羽が神様としての慈悲深い心を取り戻してよかった、と安心する私。――しかし。

 月湖さんの全身が、出会った時よりも透明になっていることに気づき、はっとする。


「月湖さん……。もしかして、もう」

「ええ、そろそろ私は天界に戻らなければなりません」


 夜羽はそのことをとっくに理解していたようで、特に驚いた様子はなかった。目を細めて、すでにこの世のものではない恋人を見つめる。


「――我がいつか、神としての役目を終えてお前の元へ行ったら。また、一緒に居てくれるか?」


 少し間を置いてから、ほとんど透明になってしまった月湖さんは満面の笑みを浮かべてこう答える。


「もちろんです」


 ――山を治める神と、海の神に仕えた女性の、生死すらも超えた恋。そんな無償の愛に心を打たれながらも、私はひとりで山を下りた。

 誰よりも優しく食いしん坊な、大好きなあの人を迎えに行くために。





 潮月神社に戻ってきた私は、ほぼ壊れかけている社の前で、豆腐ドーナツの袋を抱えながらも、両手を合わせて必死に懇願する。

 ――紫月、そこにいるんでしょう? あなたは完全には消えていなかったんでしょう? 夜羽さんは、月湖さんのおかげであなたへの憎しみから解放されたよ。またここで神様やってもいんだって。

 私があなたの隣にいても、いいんだって。

 だから早く、姿を現わしてよ。