「そんな……!」


 紫月も、千代丸くんも、琥珀くんも、消えてしまうの? 神社のことも、みんな忘れてしまうの? あんなに穏やかで、優しくて、幸せな空間を?

 紫月の私をからかう姿が、千代丸くんのかわいらしい笑顔が、琥珀くんの優しい顔が、脳裏に次々と蘇っていく。

 ――いやだ、いやだよ!

 やっと気づいたのに。私は……私は。

 あなたのことを、心から好きになってしまっていたって。


「紫月! 消えないで! 消えちゃダメ! 私、私……紫月のこといつの間にか好きになっていたの! あなたのこと、大好きになっていたの! 私、あなたと結婚したいの! だから、消えないで! お願い!」


 泣き叫びながら、私は必死にそう叫ぶ。ありったけの想いを込めて、全身全霊で。

 すると紫月は膝をついたまま、ふっと口元を緩ませた。力のない笑みだった。


「……それが聞けたら、もう思い残すことはないな」


 脆弱な声で、笑みを浮かべたまま紫月が言う。涙で滲んでしまって、彼の顔が私にははっきりと見えなかった。


「ありがとう陽葵。……愛しているよ」


 私の方を向いて、彼は優しい笑みを浮かべた。私は息が詰まって、何も言えなかった。言いたいことはたくさんあるのに、嗚咽だけが漏れていく。

 すると紫月は、ゆっくりと近づいてくる夜羽の方に向き直り、落ち着いた声でこう言った。


「……もう陽葵は解放してやってくれ。構わないよな?」

「ああ。お前さえ消せれば、この女には特に興味はない。人間の世界に帰してやるさ」

「そうか。感謝するぞ、夜羽」


 ――それが、紫月の最後の言葉だった。