突然出てきた初めて聞く名前に、思わず首を傾げて復唱してしまう私。一体誰のことなんだろう? もしかして、バスの中で紫月と一緒にいたきれいな女性だろうか?

 そして、その「月湖」という名を夜羽が声に出した瞬間。ずっと冷笑を浮かべていた彼の顔が、一瞬切なそうに歪んだように思えたのが、気になった。

 そんな風に、私が夜羽の言動に少し戸惑っている時だった。


「人の婚約者をさらうとは。相変わらず悪趣味だなあ、夜羽は」


 室内に、その声は響いた。透き通っているけれどどこか親しみやすい、美しい男性の声が。

 そう、紫月の……私の神様の、あの声。


「紫月!」


 格子を手で握りしめながら、私は彼に近寄る。紫月は限界まで近づくと、私の手に触れてこう言った。


「危ない目に遭わせてすまない、陽葵。……俺がもっと気を付けるべきだった」

「ううん……! 私が、私が勝手に鳥居の外に出たからっ! ごめんなさい!」

「謝ることは無いさ。そもそも夜羽に陽葵が襲われるのは、俺のせいだからな」

「紫月……」


 ああ、なんて安心する声と、表情なのだろう。まだ私は牢屋の中に居るというのに、紫月が来てくれたというだけで、ざわついていた心が穏やかになっていく。

 ――やっぱり、私。私、紫月のこと。

 そんな風に自分の紫月への想いを噛みしめていると、紫月の横に立っていた夜羽が憎々し気にこう叫んだ。


「私の前で嫁と感動の再会を楽しむとは……いい身分だな紫月! 人の恋人を犠牲にして生きながらえたお前が!」

「えっ……!?」


 人の恋人を犠牲にって……一体どういうこと?