数十メートルの高さの大津波を受けたのにも関わらず、潮月神社の周囲の街だけは奇跡が起こったかのように被害が少なかった。隣町は壊滅状態だというのに。みんなは不思議がっていたし、私もどうしてだろう?と思った。

 ――そう。

 私はあの狐の神様に関わったことを、津波から生還して目覚めた時にはすべて忘れてしまっていたのだ。

 神社で弱っていた狐さんに豆腐ドーナツをあげたことも、その後元気になった彼が人間の姿となったことも。

 そして、津波に飲まれそうになった私たちを、彼が助けてくれたことも。





 セピア色の過去の記憶が、夢の中で蘇った。目覚めた私は、もう十九歳。暗く淀んだ座敷牢の中。

 ――どうして私は、今の今まであの時のことを忘れていたんだろう。私は紫月と最近初めて会ったのではなかった。過去にこんなにも深く関わっていたのだ。

 あの大津波のあとは、紫月が大叔父さんのお店に来ることもなかった。大叔父さんも、彼とあんなに仲良くしていたというのに、彼の話題を一切出さなくなった。

 大叔父さんも、紫月のことを忘れていたということかな。

 紫月が、大人になった私を助けてくれたのは。きっと、幼い私が彼のお願いを聞いて参拝客を連れてきて、力を取り戻す手伝いをしたからだったんだ。

 ――まさか、覚えていないのか?

 紫月は私を潮月神社に連れていこうとした時に確かにそう言った。今になって、やっとその意味を私は理解した。

 それにしても、津波に飲まれたバスの中で、紫月と一緒に居た女性は誰なんだろう? 彼女とは、あの時初めて会った気がする。現在の従者の中にも彼女の姿はないし……。