腕の中の黒猫に向かって優しく言う。胸は呼吸によって上下しているけれど、目を閉じたままだ。

 変だな、と思った。こんな風にいきなり人間に抱っこされて、眠ったままの猫がいるなんて。警戒心の強い外猫は、こんな無防備な姿をさらさないはずなのに。

 衰弱して動きたくても動けないとか!? 一気に不安感が増大し、私は猫を抱っこしたまま鳥居の中へと戻ろうとした。

 ――すると。


「!?」


 腕の中の猫から突然違和感を覚え、私はその場に硬直する。猫は瞼を開けていた。その金の瞳は美しかったけれど、やけに煌々と光っていてどこか恐ろしさも感じた。


「まさか、こんな簡単にうまくいくとはな」


 猫はにたりと笑うと、低い男性の声でそう言った。


「な!?」


 仰天した私は思わず猫をその場に放り投げてしまう。しかし猫は、身軽な動作で地面にすたっと着地をした。


「鳥居の外から出ればこちらのものだ。あいつの加護がなくなったお前など、ただの人間だからな。……くく」


 瞳をぎらつかせて私を見据えながら、含み笑いをする黒猫。その言葉の内容から、私は彼の正体を察する。


「……! あなたはもしかして、夜羽!?」

「察しがいいな、娘。あいつから我について聞いていたか。そうだ、我が山の神である夜羽だ。お初お目にかかる、紫月の嫁よ」


 そう言っている間に、猫の輪郭がぼやけていき、人型へと変化した。袴姿の真っ黒な長髪を風に靡かせる美青年に。しかしその美しい顔は、私を憎々し気に睨みつけている。

 やっぱり紫月の言う通り、この人は私を狙っているんだ……。