唇同士が触れ合おうとしたすんでのところで、紫月は罰悪そうに笑って顔を逸らした。私ははっとすると、「あ……う、うん」と、覚束ない返答をする。

 すると紫月は私の頭をポンポンと、撫でるように優しく叩くと、悪戯っぽい笑みを浮かべてこう言った。


「こういうことは、陽葵が正式に嫁になってくれた時だな」

「そ、そうだね」

「まあ俺は、陽葵さえよければいつでも準備OKだがな。なんなら接吻など飛び越えてもっと夫婦らしいことを……」

「も、もう! 何言ってんの!? 第一結婚はしないってば!」


 いつもの紫月の質の悪い冗談に、私はすでに定型になりつつある突っ込みを入れる。そして私は布団を頭から被ってしまった。

 恐らく赤くなっている頬と、どうしても緩んでしまう口元を隠すために。


「相変わらず意地っ張りだなあ、俺の陽葵は。まあそこがかわいいんだが」

「…………」

「続きができる日を、楽しみにしているよ。体がしっかり治るまで、ゆっくり休め」

「――うん」


 布団に頭を入れたまま、小さくそう返事をする私。すると、足音と部屋のふすまが閉まる音が聞こえてきた。紫月が退出したらしかった。

 そこでようやく、私は布団から顔を出す。上半身だけ身を起こし、深く嘆息した。しかし、先ほどからうるさい心臓の音は、一向に小さくならない。

 ――紫月にキスをされそうになったけれど未遂に終わった瞬間。

 不覚にも私の心に生まれたのは、残念だという感情だった。

 ……してもいいのに、どうしてやめてしまうんだろう、という。