数十秒ほど抱擁した後、混乱している私をやっと解放すると、彼は短くそう言った。呆然としている私を流し目で、艶っぽく見据えて。ただでさえ鼓動が激しい心臓が、びくんと飛び跳ねた。


「え、あ、なっ⁉」


 なんて言ったらいいか分からず、言葉になっていない声をあげてしまう。しかしその間に、彼は縁側に置いていた自分の下駄を履いて、すたすたと颯爽と歩いて去って行ってしまった。

 ――な、なんなの一体⁉ どういうこと⁉

 なんで私はあの人に抱きしめられたんだろう? 今日初めて会ったはずだよね? 実はそうじゃないとか……? 

 いやいや、やっぱりあんな人記憶にない。

 それに「必ず、迎えに来る。――明日」って。やっぱり四十九日のことじゃないよね、たぶん。それなら迎えに来るって表現はおかしいし……。

 それに、いきなり抱きしめてくるなんて!

 ――だけど。

 なんだろう。なぜか、嫌じゃなかった。むしろ、久しぶりに感じた人の温もりが、少し心地よかった気すらした。もちろんそれよりも、男性に突然抱擁されたことにドキドキしてしまった方が大きいけれど。

 でも本当に、全然嫌じゃなかったんだ。なんでかわからないけれど。

 お腹には、いまだに彼の残した温かみがある気がする。私はそれを味わうように、自分で自分をキュッと抱きしめた。


「……いけない。明日の準備をしなくっちゃ」


 明日は近所の葬儀場で四十九日の法要の後、親戚たちがこの家に集まる。この家や喫茶店の土地の今後について、話し合うらしい。

 少しだけ気が重かった。大叔父さんは大好きだけど、その血筋の人とはあまり気が合わない。お見舞いにも、ほとんど来なかったような人たちだ。