顔の部分の黒さが薄まり、拓斗くんのかわいらしい顔が見えた。泣き腫らしたようにしょぼくれた瞳。噛みしめた唇。いたいけで愛らしくて、そして悲しい。

 私は抱きしめるのをやめて、持っていたケーキを乗せたお皿を彼に差し出す。


「拓斗くんの大好きなシフォンケーキだよ。お父さんとお母さん、拓斗くんのこと忘れていなかった。ちゃんと思っていた。お母さんにこのケーキのレシピを聞いて、私が作ったの。あなたが大好きだった、あの味だよ」

「お母さんが……? お父さんも……」

「だからそんなに悲しまなくても大丈夫。ほら、食べよう?」


 私はお皿の上からケーキを一切れつまみ、拓斗くんの口元へと差し出した。彼はしばしの間迷っていたけれど、恐る恐ると言った具合で、ケーキの端を少しだけ齧る。

 ――すると。


「……本当だ。お母さんだ。お母さんの味だ……。いつも俺に作ってくれた、お母さんの……」

「そうだよ。お父さんとお母さんは、毎月このケーキを持って拓斗くんのお墓に会いに行っていたの。拓斗くんが事故現場にとどまる地縛霊になってしまったから、会いに行けなかっただけなの。……だからね、もう寂しがってお父さんとお母さんを憎むのはやめよう? 天国に行けば、毎月ふたりはお墓に会いに来てくれるんだよ」

「――そうなの? 天国に行けば、お父さんとお母さんに会えるの?」

「そうだよ。だからもう、ひとりで泣かなくていいんだよ」


 私がそう言った次の瞬間、黒い靄が一気に晴れた。拓斗くんも、漆黒の禍々しい人型ではなく、少し透過しているだけの人間の男の子の姿へと変わった。