私は一歩踏み出した。そしてゆっくりとゆっくりと、その黒い人型に――拓斗くんに近づいていく。


「陽葵! よせ! 危険だ!」


 紫月の悲痛そうな声が、背後から聞こえてくる。だけど私は歩むのをやめない。振り返りもせずに、拓斗くんを見つめたまま歩き続ける。


「し、紫月さま! 近寄っては危ないですニャー!」

「そうです! 神は悪霊に対する耐性はありませんから! 紫月さまも取り込まれてしまいますニャ!」

「しかし陽葵がっ! 放せ!」


 きっと私を助けようとする紫月を、千代丸くんと琥珀くんが力づくで静止させているのだろう。主を失うわけにはいかないのだから、ふたりの行動は正しいはずだ。まだ正式に婚約をしていない私より、紫月の命を優先させるのは当然のことだろう。

 私は拓斗くんと、かなりの至近距離にまで近づいた。黒い靄が視界を覆い、拓斗くんの実体は目を凝らさないとあまりよく見えない。その人型は、膝を抱えて地べたに座っていた。子供らしい体育座りで。


「――拓斗くん」


 私は中腰になり、彼に顔を近づける。低い唸り声が短く聞こえた。「なに?」と私に言っているような気がした。

 ――ほら、やっぱり。まだ拓斗くんは、ただ寂しがっている子供だよ。

 私はお皿を持ったまま、その人型にそっと腕を回す。迷いはなかった。夜中に寂しくて泣いていた時に、大叔父さんもよくこうして頭を撫でてくれた。その時私がされたことと、同じことをしているだけだ。

 ――すると。


「……お姉……ちゃん」