何事かと尋ねようとした私だったけれど、境内の中の光景を見て絶句した。紫月も珍しく深刻そうな面持ちをして、それを見据えている。

 従者たちはそれから少し離れて、一様に怯えたように体をすくませていた。

 私はただの人間だから、妙なものを感じる力なんてまるでない。幽霊だって、今まで一度も見たことがない。

 だけどそんな私ですら、それから発せられる気配にはぞくりとさせられた。小さな黒い人型から滲み出る、黒い靄。禍々しく、憎悪に満ちた気配を辺りに放つそれは、まさに悪霊と称される存在に思えた。


「拓斗くん……なの……?」


 掠れた声で私は言う。するとその物体から、獣の咆哮のような重々しい音が響いてきた。人語とは思えなかったけれど、とても怒っているような悲しんでいるような……そんな空気を発しているように感じられた。

 ――泣いているのかもしれない。お父さんに、お母さんに会いたいって。

 姿こそ禍々しいけれど、ただ親の愛に飢えている子供がそこはいるように思えた。


「……紫月。あれは拓斗くんだよね。もう悪霊になってしまったの……?」


 私は恐る恐る問う。紫月はしばらくの間、何も答えなかった。

 彼のこれまでの話しぶりからすると、悪霊になってしまったらもう後戻りはできないのだろう。

 紫月が何も言わないということは、もう――。

 しかし、私がそう諦めかけた時だった。


「……いや。九割方悪霊だが、まだ少しだけ人の心が残っている。微かだが、声が聞こえた。お父さん、お母さんとな」

「それじゃあ、まだ説得すれば間に合うということ!?」