「俺……仕事、遅いですよね」

思わず弱音のような言葉が漏れてしまう。

「遅いな。見通しと要領が悪い。計画性がない」

誉は誉で相変わらず容赦がない。

「頼りにならないですよね……」

陣馬警部補には百年かかっても追いつけないですよね。巧はそんな言葉を心の中で呟く。自分の拗ねた気持ちの理由がわからない。大西に嫉妬する気持ちとは違う感情を陣馬に抱いてしまう。

「端(はな)から頼りにしようなどと思っていないぞ」

またしてもぐさっとくる言葉を吐く上司に、巧は膝から崩れ落ちそうになった。多少なりとも落ち込んでいるというのに、上司は部下の悩みに気付くどころか追い打ちをかけてくる。

「階は、言われたことを言われた通りにこなせばいい。現段階でそれ以上は望んでいない」
「それじゃ……俺……」

成長できない気がする。指示待ちで、自分からは動けない若手。そんなやつは、御堂誉にも陣馬遼にも届かない。
ああ、そうかと、巧は気付いた。自分よりふたつ年上なだけで、遥か高みにいるふたりに、今更ながら劣等感を覚えていたのだと。

「数学のドリルと一緒だ」

数瞬の沈黙の後、誉がPCから顔を上げずに言った。

「愚直に同じことを繰り返せ。身体に染みつけば、応用問題が出ても解けるようになる。階に課しているのはそういう類いのことだ」
「御堂さん」
「近道しようとするな。遠回りでも着実に力をつけろ。基礎ができていない人間に応用問題は解けない」

これはもしかすると、御堂誉なりに励ましているのだろうか。いや、まさか彼女に限って。
巧は誉の方をおそるおそる見つめる。彼女の視線はPCから離れない。