そして、誉は自身にも悠長なところがあったと反省しているのかもしれない。昨日のクラブで見かけた時点では、こんなことになるなどと想定できなかった。
警察組織は事件が起こってからでないと動けない。しかし、それでは人命は守れないのだ。
そして、捜査一課が出てきた時点で、誉と巧にできることはもうないのではないか。ここらが潮時である。振り込め詐欺の捜査も含め、一課に託して手を引く頃合いがきたのかもしれない。巧にとっては、残念な幕引きではあるが。

意気消沈しつつ、犯罪抑止係のオフィスに一歩入り、息が止まりそうになった。
そこには思わぬ人物がいた。捜査一課の陣馬遼警部補と大西才太郎である。

「陣馬」

誉が名前を呼び、同期の顔を見つめる。その瞳には旧友に会った懐かしさや親しみはない。まるで昨日もここで会ったというくらい感慨のない対面である。

「御堂、久しぶり」

陣馬遼もまた、平坦なテンションで答える。横で大西が誉に向かって頭を下げた。

「御堂警部補、ご無沙汰しております。階の同期で、一課ではご一緒させていただきました大西才太郎です」
「ああ、覚えてる」

大西の元気な挨拶に頷きながら、誉が陣馬の顔を見た。

「相変わらず、表情筋が死んでいるな。何を考えているかわからん。今日の機嫌はどうだ、陣馬遼警部補」
「まずまずだ。御堂は元気そうだな。よく口がまわって羨ましい」

嫌味の応酬ではない様子である。誉がにいと口の端を持ち上げた。