KEELは乃木坂に近い立地にあるクラブだった。先日行ったクラブはCrackzが仕切っている店だが、ここは経営母体が違うはずだ。鳥居坂署から歩ける立地ではあるが、慣れないピンヒールでぷるぷる歩いている誉を見かねて、巧はタクシーを拾った。
履いたことないんですね、ハイヒール。そう思いながら、確認しないでおく。不機嫌になられてはたまらない。
KEELはすでに多くの若者で盛り上がっていた。巧もワックスで髪型を変え、薄い色のサングラスをしてはいるが、今日の誉の変装も含め、ターゲット香西永太に見咎められることはないだろう。ふたりとも場に馴染んでいる。

「Crackzの現代表を務めるのは梶本芳樹という男だ」

巧がやっと聞こえるような小声で誉は言い、スマホの画面を指差す。先ほどの資料はふたりのスマホで共有済だ。

「主幹メンバーはこの十人。十代の頃は関東近県で暴走行為や脅迫を繰り返していた。ひったくりや女を使って美人局をやって起訴されたヤツらもいる」
「典型的なワルじゃないですか」
「ワルというよりクズだ。そして、いつの世もクズに憧れる輩はいる。そのクズが裏社会で成功すれば余計にな」

ロングカクテルグラスでオレンジジュースを傾ける誉に、巧は頷いた。どれほどうるさい場所と言っても、周囲に聞こえてはいけない会話なので自然誉と顔を寄せあい話していることになる。