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「は~、ただの残業代だけじゃおっつかないな~」

オフィスで椅子の背もたれに寄りかかっているのは井草だ。足をぶらぶらさせ、くたびれたアピールにぐったりしている。
ここ三日、誉の頼みで香西永太の行動確認、いわゆる尾行をしていた井草は、労働をした自負からか最高に偉そうな態度だ。椅子にふんぞり返り、疲れたふうを装い、周囲に頑張った自分を見せつけているのだ。特に年下上司には恩を売っておきたい様子である。

「御堂係長、俺、三ヶ月分くらい働きました。有休使いまくっていいですか?」
「いつだって、好きな時に使っているじゃないか、井草巡査部長。礼は階がする。朝から晩まで道場で剣道に付き合ってくれるそうだ」

誉は真顔で答える。勝手に決められ巧が渋い顔をしている傍で、より渋い顔になった井草がデスクに突っ伏した。

「それ、罰ゲームっていうんだよ、係長~」

ダラダラ文句を続ける井草の言葉の中で、そこだけは同感な巧であった。朝から晩まで剣道。自分にとっても罰ゲームだ。

「ともかく、ヒルズ族坊ちゃんは、六本木のKEELってクラブにここ三日出入りしてますね。最初は若いのと喋ってますけど、途中からVIPルームに入っちゃう」
「VIPルームに一緒に入る連中の顔は見たか?」
「若いですよ。一見してホスト風。ま、身なりはいいですね」

井草の答えに、巧が口を挟む。

「Crackzの幹部ですかね」
「俺は顔、わっかんねー」

井草の言葉と同時に、デスクに誉が置いた資料は、そのCrackzの幹部と思しき面々の顔写真と略歴だ。