「さっきの子ですよね。マンションの借主の息子。帝旺学院の生徒だったんだ」
鳥居坂署への帰り道、巧は呟く。雪緒の口ぶりからすればそうだ。
「雪緒くんにもう少し話を聞こうと思ったら、本人登場とはラッキーでしたね。名前しかわからなかったけれど」
「香西(こうざい)永太、十六歳。幸井雪緒とは幼馴染だ」
巧はがっくりとうなだれた。またしても、すでに調べはついていたらしい。誉の手腕にため息というか、のけものにされている感を覚えてしまう。今日はそもそもそのことを雪緒に聞きにきたのではなかったのだろうか。
「幸井雪緒から直接名前を聞いておこうと思って来たが、本人と会うとは思わなかったな。幸井家と香西家は以前鳥居坂署近くの同じマンションに住んでいた。現在、幸井家は白金に自宅を構え、香西家は六本木ヒルズに住んでいる」
「うわ! ヒルズ族でしたか!」
「父親は外資系企業の日本支社長。金銭的に余裕はあるな」
誉は呟くように言う。巧の目から見て、永太は偉そうで大人を馬鹿にしたような少年だった。家庭環境的に周囲に傅かれ、尊大に振舞っても注意される機会に恵まれなかったのかもしれない。香西永太を知れば知るほど、かなり目的の犯人像に近いように思われる。
「どうします。香西永太を張りますか?」
「気に入りの遊び場くらいは知っておきたい。しかし、私たちは今、顔を見られている」
考える様子もなく誉はスマホを取り出し電話をかけ始めた。繋がった相手にむかって、言うのだ。
「井草巡査部長、力を借りたい」
巧は驚いて誉の顔を覗き込んだ。電話の相手は犯抑一働かない男、井草だった。