「階、ゆうべ飲んでたんだろ~。飲んでてこれじゃ怒られるよ~」

間延びした声を向かいの席からかけてくるのは井草(いぐさ)耕三(こうぞう)巡査部長だ。五十代の男性で、仕事にはすこぶるやる気がない。だらしない無精ひげにぼさぼさの頭は、一見して刑事にはとても見えない。

「おまえが来なきゃ、俺と古嶋(こじま)が出られないじゃない」

本当は外出が遅れてこれ幸いと思ってるくせに。井草の心中を考えながら、巧は頭を下げた。

「井草さん、すみませんでした」
「若いのに弱っちいなあ。徹夜で酒飲んでも出社は基本でしょ~。階って体育会系出身だよね。それとも、最近の部活ってそういうしきたり的なの無いの~?」
「本当にすみません。たるんでいました」

自分では何もしないのにねちねち文句言うこの先輩が、巧はやっぱり苦手だ。どこの部署にいても、やる気がなくのらりくらりと仕事を避ける井草は、鳥居坂署一のタダ飯食らいと呼ばれている。本人もその悪名は知っているはずなのに、一向に態度を変えようとしないあたりたちが悪い。

「な、古嶋」

話を振られたのは、井草の隣のデスクにいる古嶋侑史(ゆうじ)巡査だ。犯抑では先輩だが、階級年齢的に巧より下である。
古嶋はパソコンの陰に大きな身を竦め、短く吐息のような相槌を打った。高卒で入庁しているので、まだ二十歳だったはずだが、巧の目から見て若々しさも気概もない青年に感じられる。百八十五センチの身長を猫背気味に丸め、前髪を長くし周囲と壁を作っている古嶋は、地域課で仕事がまったくできずに犯罪抑止係に回されたと聞いている。
確かにコミュニケーション能力に難ありのようで、話しかけても真っ当な返事は返ってこない。かといって黙々と仕事に打ち込むタイプでもない。いつも、井草と組んで、最低限の与えられた仕事をこなしているに過ぎない。