その日の夜、巧はなぜか誉と並んで喧騒の中にいた。
腹の底に響く重低音の音楽。暗闇にキラキラ光る照明。きゃあきゃあと響く女性の声。
六本木のクラブのひとつに巧と誉はやってきている。
隅のハイテーブルでオレンジジュースを飲む上司は人の流れを見つめている。チャコールグレーのスーツにいつもの化粧っけのない顔、お団子ヘアの誉は、クラブの中にいると絶妙に浮く。
川崎でマンションのオーナーに会ったものの、借主の情報は教えられないと断られ帰ってきて、その足でこれだ。妙な状況だ。上司とふたりで仕事帰りにクラブに寄っている。

「御堂さん、ここにはなんの用事で?」
「Crackz(クラックス)を知っているか?」

誉が喧騒を眺めながらオレンジジュースのグラスを傾ける。

「麻布界隈で幅を利かせてる若い連中じゃないですか」

鳥居坂署の地域課にいたときに、巧も何度か喧嘩事案を目にしたことがある。半グレ集団が風俗や夜の仕事を仕切って大きくなったチームだ。現在は代表を立て、表向きは企業の形を成している。

「このクラブ、Crackzが仕切る店のひとつ……」

誉が頷き、周囲をそれとなく見渡す。

「連中最近羽振りがいい。資金源をあちこちに作っているって噂があるんだ。上納金を納めて気に入られればチームの幹部になれる。薬も女も思うがまま。麻布でデカイ顔をして生きられる」